Side:アイチ

「櫂くん、お誕生日おめでとう」

「誰に聞いたんだ」

「三和くんだよ。僕がね、教えてって頼んだんだ」

「…そうか」

「たくさんプレゼント貰ったみたいだね。もしかして、僕が一番最後かな?」

「ああ」

「そっか」


あれから暫くの間ファストフード店で三和と他愛の無い話をし、日が傾き始めた頃に三和と別れ一人帰路を辿っていた櫂は、ふと目の前に立つ人影に足を止めた。

夕日を背に佇む人物に目を凝らせば、夕日の赤に負けないくらいの鮮やかな蒼を持った少年、先導アイチが櫂の目の前に立っていた。

アイチは櫂の姿と視線が自身に向いたのを確認すると、櫂がこの一日ですでに何回も聞いた言葉を発した。

その言葉に同じく何回も質問した言葉を、櫂もアイチへと投げ掛ける。

すると、アイチは頬を掻きながら緩く笑み、そう答える。

やはりか、と櫂が一人で納得していると、アイチはショップに居た時やエミの話を聞いていたのだろう。櫂が鞄にしまっているプレゼントのことを指し示すようにしていった。

アイチは自身が櫂の誕生日を祝う最後の人間だと知っても、決して落胆する様子は無く、寧ろ嬉しそうに櫂へと歩み寄った。


「なら、もう僕がここにいる理由も分かるよね。はい、これが、僕から櫂くんへの誕生日プレゼントだよ」


そう言ったアイチが渡してきたのは、小さな箱。

よく見ればそれはこの近くにある個人経営の小さな洋菓子店の持ち帰り用の箱だった。

箱の大きさから察するに、中には一人分のお菓子が入っているようだ。


「何がいいかな?って、ずっと考えてたんだけど結局こんなのぐらいしか浮かばなくて…」


そう言ったアイチの表情はどこか浮かない。

きっと、今まで櫂にプレゼントを贈った人たちと自身のプレゼントを比べているのであろう。


「気持ちの問題だ。物の値段で気持ちまで量るな」


気付けば、そう零していた。

アイチをフォローしたわけではないが、櫂はアイチのその気持ちに優劣をつけてほしくなかった。

皆がみんな、櫂の為にプレゼントを贈ってくれる。そこには全て、純粋に喜んでほしいという気持ちがある。

櫂を想ってくれる気持ちはみんな同じ場所にあるからこそ、差をつけてほしくなかった。

アイチが差し出してきた箱を受け取ってから、櫂は彼の頭に手を置く。

そうして優しく髪を梳くように頭を撫でれば、アイチは驚いたように俯かせていた顔を上げてすぐに、顔を真っ赤に染め上げた。


「か、櫂くん…っ?!」

「何も言うな」

「で、でも……」

「いいから」

「……う、うん」


初めてこんな風に接せられたのが心底驚いたのだろう。

アイチはどうしてと目で訴えるように櫂を見つめたが、櫂はそんなアイチに何も言わせないように先手を打った。

強い口調の櫂にそう言われてしまえばそれ以上はアイチも深く追及はせず、大人しく櫂のされるがままになった。


「ありがとう」


櫂は紡ぐ。今度は小さく囁くようにでは無く、明確な意思を込めてはっきりと。

目の前の少年へ、そして、今まで自身の誕生日を祝ってくれた人へ。

五文字では伝えきれないほどの想いをくれた、大切な人へ。


「ハッピーバースデー、櫂くん」


そんな櫂の心を知ってか知らずか、櫂のその言葉に乗せるようにして、アイチは優しい声でそう紡いだ。

その言葉に応える代わりに、櫂は撫でる手つきをより一層優しいものにする。

穏やかな時間が、二人の間に流れていく。

夜を運ぶ風が吹き、夕日に照らされたように、櫂の心はふわりと温かくなったのだった。



(Happy birthday! 櫂トシキ)