Side:エミ

「櫂さん!」


通学途中の学生が行き交う朝の歩道、遠くから聞こえる自身を呼ぶ声に振り向けば、そこには見慣れた少女である先導エミがこちらに向かって駆け寄ってきている所だった。

宮地学園に通う女子生徒が着る制服のプリーツスカートを揺らしながら、やがて彼女は櫂の目の前へと辿り着き足を止める。

少し乱れてしまった息を整えながら、朝の挨拶をする彼女に櫂も小さく返すと、エミは手で掴んでいたあるモノを櫂へと差し出した。


「はい、櫂さん!」


そう言って少女から目の前に差し出されたのは、ピンク色のリボンが巻かれた可愛らしい包みだった。

少女のまだ小さな両の掌にすっぽりと収まったそれの中身は一体なんなのだろう?

つい、と視線だけで問い掛ければ少女は屈託ない笑顔で櫂のその意図を読み取ったように口を開いた。


「お誕生日、おめでとうございます!」


と。

まさかそんな言葉が彼女の口から出るとは思ってもみなかった櫂は、虚を突かれたように目をぱちりと瞬かせる。

それもそのはず、確かに今日は櫂の誕生日であるが、それを櫂は目の前の少女に教えたことが無いのだから。


「…誰に聞いたんだ」

「三和さんです!いつもアイチがお世話になってるから、渡そうと思って」

「やはりアイツか…」


この少女に人のプライバシーを教えるような人間に一人しか心当たりがなかったが、それでも一応の確認として、櫂はエミへと問い掛ける。

そうして返ってきた答えに、櫂は心の中で盛大に溜息を吐いた。


「でも、三和さんを責めないであげて下さい。無理を言ったのはわたしだから…」

「それはどういうことだ?」

「わたし、きっかけが欲しかったんです。櫂さんと話すきっかけが」


無意識の内に眉を潜めていたのだろう。櫂の心境を読み取ったエミが困ったように眉を下げてそう言った。

その言葉に視線を彼女へと戻せば、言いあぐねたように顔を俯かせながら、エミは途切れながらも話を始めた。


「わたし、嬉しいんです。アイチが明るくなったことが。昔はいつもクラスの子に苛められて暗い顔で過ごす毎日だったから…」


エミのその言葉に、櫂はアイチと初めて出会った時のことを思い出した。

そういえばあの時も顔に傷をつけて、浮かない表情で道を歩いていた時のことを。


「でも、櫂さんからもらった<ブラスター・ブレード>と、教えてもらったヴァンガードのおかげで、アイチはとっても明るくなったんです!わたしは、それがすごく嬉しかった。にこにこ笑うアイチが好きだから」


その時の自分が何を思ってアイチにあのカードを与えたのか、今でははっきりと思い出せるわけでは無いが、アイチは櫂と再会する四年間の間、ずっとそれを心の支えにして生きてきたと、いつかアイチ自身から聞いたことがある。

森川に奪われたブラスター・ブレードを取り戻すために、自身から指導を受けながらヴァンガードを始めたアイチは、今では櫂にとってもかけがえのない存在になっているのだ。


「だから、こんな日に言うのもどうかと思ったんですけど、ありがとうございます!」


家族として、妹として、エミはアイチをいつも心配してきていたのであろう。

そんなアイチが今では友達と笑い合い、楽しい毎日を過ごしている。

そのきっかけをくれた櫂に、エミは精一杯の感謝の言葉と共に櫂へと頭を下げた。

「今のアイチは、アイツ自身が選んだアイチだ。俺は何もしていない」

「…それでもいいです。わたしがそう思っていたいだけだから」

「用はそれだけか?そろそろ学校に行かないとお互い遅刻するぞ」

「あ!そうだった!……っと、櫂さん!これ、受け取って下さい!」


流れが疎らになっていたが、何人かの視線を受け若干の居心地の悪さを感じ、櫂はそっけなくエミへと言葉を返す。

しばらくの間、二人の間には微妙な空気が流れていたが、櫂が歩道に備え付けられた時計を見て、お互いに始業時間が迫っていることを告げると、エミは慌てて学園の方へと駈け出そうとした。

だが、すぐに踵を返し、未だ手の中に収めたままだった包みを櫂へと押し付けていく。


「中にはクッキーが入ってるんです!食べて下さい!」

「ああ、ありがたく受け取っておく」

「お誕生日、おめでとうございます!じゃあまた、カードキャピタルで!」


それをごく自然に受け取ると、エミは嬉しそうに顔を綻ばせ、再度櫂へと祝福の言葉を贈る。


「ありがとう」


その言葉と同時に駆け出した小さな背中を見届けながら、櫂は小さくそう零したのだった。


(Side.カムイ)