※ちょっとファンタジーっぽい
※船頭アイチとオール櫂くん
※ほぼ櫂くんの独白










ざぁっと音を立てて、その船は海の上を進む。

澄み渡る星の海を、俺は船を進める為に小さく波打つ水面を掻き分ける。

そんな俺を操るのは、まだ年端もいかない幼い少年。名を、先導アイチと言う。

アイチ一人しか乗っていない船は、彼の先導でただひたすらに前を進み、果ての無いゴールを目指す。

地図も、道も無いこの広大な星海を、アイチはただひたすらに。

俺は、そんな彼の操る櫂(オール)であり、大事な彼のパートナーだ。

だが、俺は所詮道具。どんなに彼と長い付き合いがあっても、彼と話をすることは出来ない。

けれど、アイチはそんなことお構いなしに、時々思い出したように俺へと向かって言葉を紡ぐ。

『櫂くん』と、アイチは俺をそう呼ぶ。

時には楽しく、嬉しそうに。

そしてある時には悲しそうに、泣きそうな声で。

その口から紡がれるのはアイチが船乗りとして旅をしてきた記憶や想い。

出会いや別れ、希望や絶望。

ありとあらゆる経験を、アイチはその身に刻み付けるように話すことがある。

それはいつしか重い荷物となり、この船へと積み重ねられていく。

脆く、波を掻き分ける度に崩れていく砂の船へと。


『重い荷物など、捨ててしまえばいい。そうしなければ、この船は次の目的地に着くまでにお前共々海に沈んでしまう』


そう、零したことがあった。

もちろん、彼に直接声が届くわけではない。

その荷物の重さに船が耐えられず、ただでさえ脆い砂の船は崩れる勢いを増していく。

船に積まれた荷物は、アイチが旅の途中で出会った人々から受け取った親愛の印たちだ。

書物だったり、写真だったり、その土地特有の食物だったり。

もちろん、形にならないものも含まれているけれど。

それを捨てろと言うことが、残酷なことだとは分かっている。けれど、俺にとってはこの心優しい少年がそれを守る為だけに幼い命をこの海に沈めてしまうことが怖いのだ。

彼に対するこの想いが、思慕や憧憬以上のものだということを差し引いても、彼がここで、俺を残して死んでしまうことが怖かったから。

けれど、彼は俺のその言葉に返すように、言葉を零した。


「捨てられないよ。だって、これは僕が今まで生きてきた中で受け取った大切な宝物だから」


真摯な、今までに聞いたことないくらいに力強い声音だった。

見上げたアイチの瞳は、強い光を反射して、その蒼の双眸に数々の星を映しながら。



「捨ててしまえば、きっと、この船をもっと早く、それこそ非力な僕でだって軽々と漕げるだろうね。けど、それじゃあダメなんだ。だって、そんなことをしたら」


つい、と落とされた視線が俺を捉え、寂しそうに眉を下げたアイチが悲しそうな声で言った言葉に、俺は。


「僕は、世界で一番大切なキミを、捨てなくちゃいけなくなるから」


俺は、胸がいっぱいになった。


「だから、命の限り、僕はこの砂の船を先導するんだ。キミと、僕とで。この青く大きな星の海を」


ぐっと力を込めて、アイチは俺を握りしめ海の波を掻き分ける。

その胸に大きな想いと、希望を持って。


「だからね、捨てろなんて言わないで。“櫂くん”」


見透かしたようにイタズラな口調でアイチは言う。

その言葉に一つ小さく微笑んで、俺は彼に届かない声で返した。


『ありがとう』



(船頭と櫂)