※井崎君の誕生日記念 ※三和君誕生日から地味に続いてる 「お邪魔します」 「おーぅ。つっても俺以外の家族はみんな出払ってるからそんなに気ぃ遣わなくていいぞ」 太陽が皮膚を焼くほどに照りつける外から避難するように、俺は三和の家へと脚を踏み入れた。 といっても、避難する。というのには多少語弊が生じる。 俺が三和の家へと出向いたのは、三和に誘われたからなのだから。 その誘いに乗ったのは単純に井崎が暇だったということもあるが、一番は三和の家が気になるということであった。 夏休みが始まったばかりのこの序盤に、さあ課題だ夏期講習だとなるはずもなく。遊び盛りの中学生よろしく、井崎もまた遊び歩く予定だったのだ。 だが、その予定はあっけなく破綻した。 真面目なアイチは塾の夏期講習に出向くことが多くなり、空いた時間に息抜きとしてカードキャピタルによることが精一杯であったし、なにより誤算だったのが森川だった。 毎年この時期は必ずと言っていいほど彼と遊び歩いていたのだが、今年は受験生ということもあってか彼も母親に捕まって今頃は大好きなコーリングッズを人質に泣く泣く夏休みの課題に追われているのだろう。 そんなこんなでいつものメンツで集まることが出来なくなってしまった井崎の元に声を掛けた三和は、井崎にとっては救世主と言ってもいいほどの存在だった。 「ここが俺の部屋。適当に座ってろよ。今飲み物持ってくるから」 「お、おう…」 探検する暇を与えず、井崎を自室へと通した三和はもてなしの用意をする為に部屋を後にした。 タイマーでも掛けてあったのだろう。外の蒸し暑さなどなかったことのように、三和の部屋はエアコンのおかげで涼むにはちょうどいい温度になっていた。 初めて来た、妙にわくわくする他人の部屋に内心どきどきしながら井崎は周りへと視線を動かす。 部屋の面積と家具を見るに、どうやらこの部屋は三和の為の一人部屋らしい。 彼の性格からだろう、よく整頓された棚や勉強机、かと思ったら週刊少年誌が床に無造作に山積みにされていたりと、年相応の男子らしい部屋になっていた。 その妙に整頓されたこの部屋に歓迎されているのかいないのか分からなくなってきた頃、トレーに二人分の飲み物と、なぜかデザートを載せた三和が戻ってきた。 「お待たせ。足崩してもいいんだぜ?ほら、ジュース」 「サンキュ。……いや、なんか落ち着かなくてさ」 「大丈夫だって。今すぐにお前のこと喰うわけじゃないからさ」 「はぁっ!おま、何言って……っ!」 「冗談だって。そうやってすぐに可愛い反応するとマジで喰うからな」 「………っ!」 トレーに載せたジュースを置きながら、緊張で畏まっている俺に三和はそう声を掛ける。 けれど、初めて訪れた場所でそんな簡単に図々しく出来るほど、井崎の精神は図太くない。 そんな、ピンと背筋を張ったままの井崎に不意に三和は一見冗談には取れないような言葉を零す。 その言葉が暗になにを指しているのか瞬時に理解してしまった俺は、顔を真っ赤にさせながら言葉を詰まらせた。 けれど、そんな俺の初心な反応でさえも楽しんでいた三和はにやにやと人の悪い笑みを浮かべてこちらを見遣る。 三和のその笑みから逃れるように視線を逸らした俺は、気持ちを落ち着けるためにと彼が差し出したジュースを一気にあおる。 氷が入り適度に冷やされたグラスに注がれた炭酸が、外の暑さで乾いた喉を潤していく。 喉を潤しながらグラスに付いた水滴が重力に従って流れていくのをぼんやりと視界に収めていると、不意に視界をオレンジ色が掠めた。 「ん?なんだこれ、ケーキか?」 「そうそう。俺の行きつけのケーキ屋に期間限定で売ってるやつでさ。今日初めて買ったわけ」 「洒落てるなぁ…。まぁ、三和らしいっちゃらしいけど…」 「そりゃどーも」 コトリ、と控えめな音を立てて俺の目の前に鎮座したのは女の子が喜びそうなデザインの可愛らしいケーキだった。 夏のイメージなのだろうか、オレンジがのった涼しげなそのケーキは三和が好んで食べそうなものだった。 「食っていいぜ。もともと、井崎に食べてもらうために買ってきたんだしな」 「え!……や、そりゃ嬉しいけどさ、本当にいいのか?だってこれ、すっごく高そうなんだけど…」 「そんなこと気にすんなって。俺が食っていいって言ってるんだから食べる!」 「わ、分かったよ…。じゃあ、いただきます」 フォークを手渡されさあどうぞという視線を三和が寄越してくるものだから、俺は暫し逡巡したのち、ケーキを一口大にカットして口の中へと運んだ。 すると、その瞬間を待ってましたと言わんばかりに、三和は満面の笑みを浮かべてこう言った。 「誕生日おめでとう。井崎」 「………え?」 三和のその言葉にぽかんと口を開けた状態で彼を見遣れば、彼は指である一点を指さした。 その指を追うように視線を動かした先には三和の使用しているであろう勉強机があり、その机の上には日めくりカレンダーが設置されていた。 日付は七月十三日。 そこで暫し考え込んでから、やがて井崎は納得したように「あ…」と零した。 そう、今日は井崎自身の誕生日だったのだ。 「ドッキリ大成功だな!」 「ああ〜、だから今日俺を誘ったんだな!」 「ああ。最初はアイチ達と一緒だったらと思ったんだけど、俺は運が良かったみたいだな」 悪戯が成功した時のような笑みを浮かべた三和がこちらへ笑いかける。 未だ完全に状況が読み込めないまま確認するように彼へ問い掛ければ、彼は今日井崎の予定が空いていたことにひどく安心していたらしい。 それもそうだ。このドッキリは井崎が今日三和の誘いに乗らなければ成功しないのであったのだから。 「でも、こんな回りくどいことしなくても…。前もって誘ってくれてたって良かったんだぜ?」 「それじゃあサプライズの意味ないだろー?恋人の誕生日、特別な祝い方したいっていう気持ちを汲んでくれよ」 「う……」 まさかそこまで自分が大切にされていたとは思わなかった。と、井崎は言葉を詰まらせる。 彼と恋人という関係になって早三ヶ月。 始まりは彼の誕生日だったが、今思えばそれ以降今日までこういった一大イベントはあまりなかったことを実感させられた。 なるほど、だから三和はここまで自分の誕生日を盛り上げてくれたのか。 今までは家族や友達と誕生日を過ごしてきたが、今年はそこに恋人という存在の三和が加わった。 家族とも友達とも違う立ち位置にいる三和から祝われる誕生日が新鮮すぎて、恥ずかしすぎて、ようやく事態を呑みこめてきた井崎はフォークを咥えたまま顔を俯かせ頬を朱に染める。 「俺さ、今すっげー幸せ」 「……そりゃどーも……」 三和の何気ない、否、彼の愛情がたっぷりと込められた言葉が井崎の羞恥をさらに煽る。 気障なセリフのはずなのに、どうしてこうも皮肉めいて聞こえないのだろう。 彼の愛情表現の塊である言葉全てが、井崎の心にストレートに響いてくる。 「だからさ、今年からお前の誕生日を祝う人間に、俺も加えておけよ」 「今年からって……。一生俺のこと祝うつもりか?」 「当たり前だろ?そんくらいの気持ちでお前に恋してんだぜ、俺」 「恥ずかしいやつ…」 「嬉しいくせに」 他愛のない言い合いを続けてから、未だ俯いたまま彼の言葉を受け止める俺の顔を指で掬い、三和はゆっくりと唇を重ねてくる。 井崎は、それを瞳を閉じてゆっくりと受け止める。 ふわりと香った柑橘の香りは、はたしてどちらのものだったろうか。 (じわり広がる甘い熱) 唇を重ねる二人の傍ら、グラスに入った炭酸がシュワリと弾けた。 |