「ったく櫂の奴。恨むぜぇ…」


そう言って三和タイシは人も疎らな歩道を愚痴を零しながら歩く。

その内容は、クラスの日直として下校前まで日誌と格闘していた三和を「俺には関係無い」と一蹴して颯爽と帰路についてしまった親友、櫂トシキに向けたものだった。

こちらから終わるまで待っていてくれと言った訳では無い。だが、仮にも親友と言っていい間柄の自分が一緒に帰れるまで待っているくらいしてくれてもいいのではないかと思ってしまうわけで。


「つっても、親友だと思っているのはオレだけかもしれねーな…」


人が少ないことに安堵し、自嘲染みた笑みが口端から零れる。

櫂トシキ。三和のクラスメイトであり、昔からの親友だ。

小学校に通っていた時に明るく快活な彼とよくつるんでいたオレだったが、それは櫂の両親の突然の死を境に無くなってしまった。

小さく幼い子供が、一人で生きていけるわけがない。

両親が死んで間もなく、櫂は親戚の叔父にあたる人物の元へと引き取られていった。

それまでだと思った。これで、自身と櫂の関係は断ち切られてしまったと。幼いながらに三和は、そう諦めていた。

だが、そんな日常に変化が訪れたのは、高校に進学してすぐのことだった。

あの櫂が、この高校へ進学し、再び再開することが出来たのだ。

また、あの頃のように毎日が楽しく過ごせる。久しぶりに見る櫂の背中を見つけた時、三和はそんな気持ちでいっぱいだった。

しかし、再開した櫂に昔の面影はまるで無く、他者を拒むような冷たい視線に辛辣な態度が、三和を驚かせた。

そんな櫂の態度に傷付かなかった日が無いとは言わない。何気ない言葉でも、櫂の言葉が三和の胸にひどく鋭く突き刺さったことだってあった。

それでも今も変わらず彼と肩を並べているのは、そこに隠された本心がなんとなく分かるからだ。

きっと、櫂は引っ越した先で何かあった。三和はそう仮定している。

それが何なのか、三和としては気になるところだがこちらから追及することは憚られた。

こちらから踏み込んではいけない。櫂が話したくなるまで、それまではそっとしておこうと決めたのだ。


「つっても、今の状態じゃあいつになるか分かんねーな…」


そこまで考えて、フッと苦笑する。

気難しい友人を持つということは、こんなにも日々が大変なのだろうか。

だとすれば、それに毎日笑顔で接することの出来る自分は、よほど出来た人間だろう。


「ん……?」


そんな考えを霧散させるようにガリガリと頭を掻いて気を紛らわせていると、ふと横に広がる道路に三和の歩幅に合わせるようにしてゆっくりと黒塗りの普通車が並んできた。

その行動があまりにも不自然で、気が付けば三和は身構えるようにその車を睨み付ける。

三和がその眼光を車へ向けるのと同時に、車から降りてきたのは黒いスーツを身に纏った男達だった。


「なんか用……んっ!?」


つかつかとこちらへ無言で迫りくる彼等に問い質そうとした瞬間、三和のその声を合図に男達は三和を取り囲み、鼻と口元へ布を押し当ててきた。

なんの準備もしていない、ましてや呼吸する為に活動しなければならない鼻と口を同時に塞がれた三和は、慌てて酸素を取り込もうと布越しに空気をいっぱいに吸い込んでしまった。


「ん……ん、ぅ…」


その瞬間に揺れる視界、薄れる意識。

保とうとした意識と視界の片隅で、自身の身体が担がれる浮遊感を感じながら、三和はゆっくりと意識を失った。


「レン様。三和タイシを確保しました」

『ご苦労様。早くボクの所へ連れて来て下さいね』

「はい、畏まりました」


そうして黒服を纏った男の一人が徐に何処かへと電話を掛ける。

彼の事務的な報告内容に、同じくらい淡々と命令を下したのはFF当主、雀ヶ森レンだった。

レンは今まさに自身の配下であるFFの部下に担がれ意識を失っている三和を思い浮かべながら、電話越しに口端を吊り上げた。

そこから二言三言会話を交わして電話を切る。

通話が切れた音を聞きながら、レンは満足そうに微笑むのだった。



(忍び寄る影)



「キミと会えるまであと少し、ですね。楽しみですよ…フフッ…」



お題/モノクロ メルヘン『拉致監禁強姦』