※惑星クレイパロ
※エイゼルとアイチの話
※エイゼルは人型(タクト)になれる設定










「エイゼル、エイゼル!」


パタパタと、豪奢な飾りの施された正装を靡かせ、アイチは走る。

アイチが息を弾ませるのと同じリズムで、彼が先導者(ヴァンガード)として所属する<ゴールドパラディン>のエンブレムが揺れる。

柔らかな木漏れ日が城の外から降り注ぎ、アイチが走る廊下を明るく照らす。

石畳で創られた廊下を右へ、左へ。アイチは今探している人物の名を呼びながら駆け抜ける。

その行動を何回か繰り返し、やがて城の中央広間にアイチが通りかかった時、視界の端に見慣れた、探していた人物を捉えたアイチはぱあっと顔を綻ばせ、その人物へと駆け寄った。


「エイゼル!」

「アイチか…。どうした、そんなに慌てて」

「あらアイチ。どうしたの?」
「あ、コーリンさん。こんにちは」


駆け寄った先には目的の人物と、アイチと同じゴールドパラディンに籍を置く世話係の少女、コーリンがいた。
先導者としてまだまだ未熟なアイチの世話係として普段は籍を置くコーリンだが、城を守る兵士としての役割を担う彼女は、偶にこうしてユニット達と一緒に警備に付いていることもある。

今回エイゼルと一緒に居たのも、彼女の手元にある書類を見る限りその類だと思った。


「えっと、そんなに急な用事じゃないんだけど、エイゼルに言いたいことがあって…。もし今手が空かないなら後で…」

「いや、ちょうどこちらも済んでいてな、コーリンとちょっとした世間話をしていただけだ」

「…そうなの?」

「ええ、謎の勢力もここ最近はその勢いを弱めているからか、少しずつこちら側の精神的にもゆとりが出てきている所よ。…そういえば、アイチ」

「……はい?」

「貴方、確か今日が誕生日だって言っていたわよね」

「あ、はい!そうなんです!実はさっきもゴールドパラディンの皆からお祝いされたんです!」

「えっと、ね……。そのことなんだけど…」

「…?」


弾んだ息を整えているアイチを待って、エイゼル達は問い掛ける。

しかし、まさか仕事中だとは思わなかったアイチは申し訳なさそうに眉尻を下げ、その場から立ち去ろうとする。

だが、どうやら話は済んでいたらしい。二人はふわりと微笑みながら、けれど、何かを思い出したかのようにコーリンが口を開いた。

その内容は、今まさにアイチがエイゼルに話そうと思っていた内容で、アイチは虚を突かれたようにきょとんと、首を傾げつつ、先ほど自身の誕生を祝ってくれた仲間達の顔と言葉を思い浮かべ、にこにこと笑顔を浮かべる。

そんなアイチを見てなのか、コーリンは何か言い辛そうに言葉を濁らせたかと思うと、次にはいつもの勝気な表情でこう言った。


「私も貴方に渡したい物があるの。エイゼルと話し終わったら私の部屋に来なさい。いいわね!」

「は、はいっ!」

「それじゃあ、待ってるわよ。じゃあね」

「はい、また後で」


それだけを早口で捲し立てると、コーリンは何故か頬を赤らめたまま足早にこの場を去って行ってしまった。

けれどアイチはそのコーリンの表情の変化に気付かず、彼女の姿が完全に見えなくなるまで手を振っていた。

そんな二人の様子を傍目から見ていたエイゼルは、人の好意に少し鈍感な主と、そんな主に恋慕の情を向ける勝気で素直ではない少女の為に小さく一つ、溜息を吐いた。


「さて、と。じゃあ本題に入ろうか…」

「ああ。だが、少し歩かないか?」

「?僕は別にいいけど…」

「今まで戦闘続きだった中、ようやく出来た束の間の休息だ。街の様子も見ておきたい」

「分かった。じゃあ、“あの姿”になるんだね」

「ああ、このままの姿ではゆっくりと回ることは出来ないからな」


しばらくして、ようやくコーリンの姿が見えなくなると、アイチは今度こそエイゼルへと向き直り言葉を落とす。

けれどそれはエイゼルの言葉によって遮られた。

だが、遮られるのと同時に提案された内容に納得したアイチは、すぐさまその提案を了承した。

目の前の彼、“灼熱の獅子 ブロンドエイゼル”は、今のゴールドパラディンにおける主戦力、<赤獅子団>を率いる人間だ。

そして、ロイヤルパラディンの仲間を失い失意に陥るアイチの手を引き、このゴールドパラディンのヴァンガードとして再び戦場の地へとアイチを誘った張本人である。

先ほどのコーリンの言葉から、謎の勢力のこの惑星クレイにおける侵略の勢いが弱まったとは聞いたが、それでも油断は出来ない。

彼等の力は計り知れないほど強大で、未知の存在である。

だからこそ、この世界の平和を取り戻そうと奔走する戦士たちは、日々戦争続きの毎日を送っているのだ。

そんな中で訪れた、エイゼルや他の仲間達に訪れた束の間の休息。

それを無下にするわけにもいかないし、なによりアイチの話などどこででも出来るのだ。そう結論付けて、アイチはその提案をのんだのだ。

アイチのその言葉を聞くのと同時に、エイゼルの身体は淡い光を放ち、次の瞬間にはアイチよりも少し目線の低い、少年の姿に変わっていた。


「行きますよ。アイチ」

「うん」


立凪タクト。それが、ブロンドエイゼルとしての姿を隠す時に彼がとる人型の名前。

この姿の本体を知っているのは今はアイチだけであるから、例え街に言ったとしても正体が暴かれてしまうことはない。
口調も完璧に変わり、威厳のあるものから柔らかな声音で自身を呼ぶ彼に応えるように、アイチは彼の横に並ぶようにして、城を後にしたのであった。



















「活気が戻ってきたね」

「これもボク達が創り上げたものですよ。貴方というヴァンガードと、ボク達というユニットが創り上げた、守っていくべき平和です」

「……そう、だよね」

「胸を張っていいんですよ。貴方が守り、与えた平和ですから」

「うん!」


城内を抜け、街の市場へと足を運べば、そこは《ユナイテッド・サンクチュアリ》で一番と言えるほどの賑わいを見せていた。

人々が行き交う道には所狭しと立ち並ぶ商店が軒並みに建ち、そこかしこから売り子の大きく快活な声が響く。

その商店に立ち並ぶ人々の表情も、どこか今まで以上に穏やかで、明るいものが多く、アイチはタクトにだけ聞こえるようにそっと、感嘆の声を零す。

それに倣うように、タクトは静かに言葉を紡ぐ。だが、それはアイチの言葉とは違い、戦いに身を投じるものが零す言葉としての重さを十分にのせていた。

その言葉にもう一度確かめるように行き交う人々の表情を見遣る。

この道を行き交う人々の笑顔を、自分が守っている。

確かに、その通りだ。

自身はヴァンガードとして戦士を率いているだけではない、その背に、戦場で戦う兵士達以外の、この国に住む、そして世界に住むすべての人の命を背負っている。

そして、今この場に生きている者の命は、笑顔は、アイチ達が自身の命を賭して守り抜いたものだ。

そう、エイゼル、タクトは言っている。そして、それを誇ってよいと。

きっと、彼なりに考えているのであろう。

アイチがロイヤルパラディンを失い失意に陥る中、半ば無理矢理にその足を立たせ、再び戦場の地へ彼を招いたことを。

そして、彼自身がアイチのことを大切に考えていることを。

言葉少なな彼の言葉に、アイチはふわりと小さく笑みを浮かべる。


「さっきの話だけどね、皆から、ケーキを貰ってね、おめでとうって、言ってもらえたんだ」

「彼等も、彼等なりに貴方を思いやっているのですよ。少しでも貴方の心に寄り添いたいと、大切だと言いたくて、今日まで試行錯誤していましたからね」

「…やっぱり、知ってたんだね。あれは、君も考えていたこと?」

「ええ。当たり前じゃないですか。貴方のことは、ボクが聖騎士団<ロイヤルパラディン>に所属していた頃から知っているのですから」


そうしてようやく、アイチは話を切り出した。

予想はしていたが、やはり先ほどゴールドパラディンの仲間に祝われたことを、タクトは知っていたようだ。

そして、それに彼自身も関与していることも。

アイチがロイヤルパラディンのヴァンガードとして戦いの最前線に出ていた頃から、エイゼル達が仲間として戦っていることは知っていたが、こうして言葉を交えるようになったのはこの事態に陥ってからだ。

それまでは、こんな関係を築けるとは思わなかったが、彼も自身のことを大切に想ってくれていたらしい。

その言葉に、アイチは胸がとても熱くなった。


「貴方がまだ、ヴァンガードとしても、人間としても幼く、未熟だった頃、ブラスター・ブレード達が“あのケーキ”をプレゼントしている所を見たことがあります」

「そうだったの?」

「はい。とても、印象的でしたよ。戦いの場では時に敵を情け容赦無く切り捨てることさえ厭わない、あのブラスター・ブレードや仲間達が、とても愛おしそうに幼い貴方に微笑みを浮かべていたことを。そして、その時に初めて、貴方の心からの笑顔を見たことを」

「……っ!」


紡がれ続かれる言葉の中、タクトは不意に足を止める。

人混みを過ぎ、行き交う人々の雑踏が少し遠くに聞こえる小高い丘にさしかかった時だった。

優しく髪を撫でる風を受けながら振り返ったタクトが、昔を思い出し、懐かしむように目を細める。

その言葉の中から溢れる記憶は、きっと先ほどアイチが夢に見た時のことだろう。

初めて彼らに笑顔を見せたのが、その時だったのだから。


「そして、その時思ったんです」


微笑みを浮かべたまま、タクトはアイチを見据える。

笑みを浮かべながらも、真剣な表情で。


「ボクも、そんな風に貴方を守れたら。と」


まるで、誓いを立てるように。


「貴方だけじゃない。同じゴールドパラディンの仲間や、この国の民、この世界に住む者達の笑顔を平和を」


確かめるように、拳を握る。

刻むように、言葉を紡ぐ。

戦士として、民として、世界の住人として。

立凪タクトの、そして、<灼熱の獅子 ブロンドエイゼル>の言葉がアイチの心に響く。


「だから、守ります。貴方を、命に代えても」

「僕も、誓うよ。絶対に、この世界を終わりになんてしない。ロイヤルパラディンの皆が僕に笑顔をくれたように、君達が、僕の力を必要とし、寄り添い、共にあろうと言ってくれたように」


その言葉に、アイチも誓うように拳を握る。

赤獅子の闘志に応えるように、自身の内に眠る闘志を躍らせるように。

そんなアイチの手を、傍まで歩み寄り傅くタクトの手が掴む。

アイチの願いに忠誠を誓うように、静かに手の甲に落とされた口づけに呼応するかのように、ヴァンガードの証である紋章がポウッと淡い光を放つ。


「生まれてきてくれて、ありがとうございます。マイ、ヴァンガード」

「これからも、よろしくね。ブロンドエイゼル」

「我が心は貴方と共に」


二人の間を風が吹き抜ける。

強く、それでいて優しい風が。

生まれることを祝福するように、また、彼等の決意を応援するように。



(生を受け、未来を紡ぐ)



城の鐘が、高らかに鳴り響いた。