※櫂君の母の日を捏造 ※櫂君がよく喋ります 「それでね、アイチったらお母さんに負けてばっかりでね…」 「エ、エミ〜。もう止めてよ〜」 ざわざわと休日特有の賑やかさを醸し出すカードキャピタルにて、櫂はアイチをはじめとしたいつもの面子がなにやら一際騒がしくしているのが今日は何故だか気になった。 話の前後を聞いていなかったせいか、彼らが何のことを話しているのか分からなかった為、眉間に微かに皺を寄せているとそれを目ざとく発見した親友の三和がこちらへと歩み寄ってきた。 「気になるか?」 「何をあんなにはしゃいでるんだ、アイツらは…」 「今日は母の日だろ?先導兄妹はここに来る前に母親にデッキをプレゼントしてファイトしたらしいんだけど、アイチが負けてばっかりだって話してたわけだ」 その時のことを今でも話しているのだろう、楽しそうに話す妹、エミの後ろで困ったように眉を下げたアイチが情けない声でこれ以上の話題提供を阻止させようとしていた。 櫂はそこでようやく、今日が母の日であるということを思い出した。 良く耳を澄ませば、店に来ているほとんどの小、中学生もアイチ達と同じようにファイトをしながら母の日について語っていた。 花をプレゼントしたとか、家事の手伝いをしたとか、自分達の出来る範囲で行ったプレゼントのことを嬉しそうに話している。 そんな賑やかさを自身と同じように煩わしく思うようなミサキでさえ、そんな光景を微笑ましそうに見ていたから、櫂は内心驚いた。 確か、彼女の両親は既に亡くなっていると聞いた。 なら、この話題は彼女にとっては辛いものなのではないだろうか?と、いつになく下世話なことを考えた櫂が視線を巡らすと、今まで気付かなかったがカウンター横には一輪のカーネーションが花瓶に生けられていた。 そして、それを嬉しそうに見つめるカードキャピタルの店主であるシンの表情も、櫂の瞳にしっかりと移りこんだ。 察するに、きっとミサキはシンにあのカーネーションを贈ったのであろう。 視線を逸らしながら、ぶっきらぼうに一輪の花を彼に差し出して。 そこまで考えて、自身のイメージ力に呆れる。 普段ならこんな行事に興味さえ示さない筈なのに、どうして今日のこのイベントに限ってこんなことを…。 「……くだらないな」 誰に言うでもなく、そう零して広げていたデッキをケースへしまってから、櫂は足早に店を後にした。 「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」 それから向かった先は、家の近くにあるこじんまりとした花屋だった。 気が付けば足がこの店へと向いていたことに、やはり櫂は驚きを隠せないでいた。 客は櫂の他に誰も居ない。店は、店主である若い女性と櫂の二人きりだった。 そんな状況に若干の居心地の悪さを覚えながら、櫂は花の活けてあるプラスチック製のボックスを避けながら店全体を見渡す。 店の中は様々な花の香りで包まれていたが、不思議と気分が重くはならなかった。よく見れば窓が開けられており、そこから風が静かな音を立てて流れ込んできていた。 店の奥へと足を進めようとした矢先、櫂の視界を赤が掠めた。 ふ、と視線を足元へ落とせば、そこには今日というイベントに欠かせない花が少ない数だが活けられていた。 優しく咲きほこるカーネーション。最後に母親へ買っていったのは、いつだっただろうか? 視線を落としたまま、櫂はそこから動けない。 赤いカーネーションなど、櫂にはもう送ることは出来ないのだが、それでも、その赤が櫂の視線を逸らすことを許さない。 だが、その赤が急に櫂の視界から消えた。 その色彩を追うように顔を上げた櫂の先にいたのは、先ほどまでカードキャピタルで言葉を交わし、今でもあの店に居ると思っていた三和だった。 ぜいぜいと、息苦しそうに息を吐く三和は、けれども櫂と視線を交えると二カッと人の良い笑みを浮かべてこちらへ笑い掛けてきた。 「へっ、間に合ったみたいだな」 「……何しに来た」 「お前の様子がいつもと違うからさ。少し思うことがあってこうして追いかけてきたってわけ」 「フン。ご苦労なことだな」 「そう言うなって。内心ホッとしてんだろ?俺が来たから“買いやすくなって”さ」 「………」 まったくこの三和という男はどこまでも鋭い男だと、櫂は心の中で溜息を付く。 櫂自身はいつも通りに彼をあしらったつもりだったのに、その僅かな違和感を逃さずに感じ取ったからこそ、三和はこうして櫂を追いかけて来たのだろう。 「だからさ、買えよ」 「………」 「してみろよ、今まで出来なかった分の親孝行を、さ」 そんな櫂の心のうちでさえも三和は見透かしたように、今しがた手に取った一輪のカーネーションをこちらへ突き付けながら、やけに真剣な瞳で言った。 こればかりは逸らすことを許さないとでも言いたげな、そんな強い意志がこもった目で。 だから、櫂もそれ以上は口を挟まなかった。 手にしたカーネーションをレジへと持っていく三和についていきながら、櫂は赤の横に置かれた白いカーネーションをを一輪、手に取った。 その花を見た店のスタッフは、けれども何も言わずに丁寧にその花を包装し、櫂の手へと渡す。 その包装紙にメッセージカードが添えられていたのは、きっと言葉に出来ない代わりにという、スタッフの気遣いなのだろう。 「ありがとうございました」という言葉を背に受けて、櫂と三和は共に店を後にした。 「じゃあ、また明日な」 「……ああ」 先ほどまで賑やかだった三和も、店を出てからは必要以上に櫂に声を掛けず、別れの挨拶を告げて帰路へと辿って行った。 その姿を少しばかり眺めた後、櫂も家へと帰宅するために歩を進めた。 「ただいま」 夕焼けが仄明るく室内を照らす一室に、櫂の声はいつもよりも高く響く。 自分だけしか住んでいる人間のいない部屋だから、当然迎えの言葉は掛けられないのを承知であったが、なぜだか今日はそのことに虚しさを感じることはなかった。 適度に手洗いうがいを済ませ部屋着に着替えてから、櫂は先ほど買ってきた花を今まで使う機会の少なかった花瓶へと生けた。 淡い桃色の花瓶に生けたその花を、棚の上に立ててあった写真立ての傍へ置く。 その写真に写るのは、笑みを浮かべた幼い櫂と両親の姿。櫂がまだ両親と温かく幸せな毎日を送っていた時に撮った日常の一コマ。 少し色褪せたその写真を眺めながら、櫂はふと口を開く。 「久しぶりに、母さんに親孝行をした気がする」 両親が亡くなり、あの日から止まってしまった時間を動かすように、櫂の言葉は静かに、そして重く紡がれる。 「母さん達が死んだあの日から、俺は人との付き合いが苦手になった。いや、避けていたんだ」 「大切な人を失う辛さを、二度と味わいたくないと願っての行為だったんだ」 「でも、そんな俺に図々しく、そして親しく触れてきたやつもいた」 紡がれるその言葉と共に、浮かぶ笑顔。 叔父に引き取られ新しい地で出来た友人、雀ヶ森レンと新城テツの笑顔と、彼らと過ごした楽しい日々が思い出される。 「けど、そこからまた一悶着あったんだ。けれど、俺はその事実から目を背けるように、二人の前から逃げた」 「そうして、またこの地に戻って来た。………そんな中で、いつか俺が話していた気になるやつに再会したんだ」 そして、その楽しかった日々が終わりを告げるのと同時に逃げた弱い自分を責めるように、櫂は顔を俯かせる。 逃げるように、櫂が両親と過ごしたこの街へ戻ってきた時、今度は昔にカードを渡した少年、先導アイチとの出会いがフラッシュバックする。 「そこで俺は、いろんな奴と一緒にチームを組んだ。クアドリフォリオ。四葉のクローバーという名前にちなんで、“チームQ4”というチームに」 「昔の俺を知るアイチは、俺がどんなに冷たくしても変わらずに俺を慕ってくれた。まるで、犬みたいにな」 櫂君、櫂。と、自身を呼ぶチームメイトや、彼らの友人達。 その言葉が温かくて、嬉しかった。 だが、どうしても櫂は仲間に優しく接することが出来なかった。 あれから月日が経ったというのに、まだ、失うことが怖かったからだ。 だから慕ってくれるアイチにも冷たくした。拒絶してほしかった。 「でも、アイツは違った。俺のことをいつまでも慕い、俺のせいで力に溺れた」 「俺は、そんな事実からまた逃げたかったんだ。足掻いても足掻いても、俺にはどうしようも出来ないのかって、自棄になった」 「でも、アイツを大切に思っている奴から喝を入れられた。……そこで、目が覚めたんだ」 だから、また足掻いてやろうと思った。 俺が持てる全ての力、強さを持って、大切な人と日々を取り戻し、守っていきたいと思った。 「人との繋がりを絶つことなんて出来ないんだ。一人でも、いつも俺は誰かと一緒に生きている」 「大切なものを失いたくなくても、繋がりを持ち、守っていくことが大切なんだって、アイツらが教えてくれたんだ」 そこまでで言葉を切って、櫂は立ち上がる。 そして写真立てを見下ろす櫂の顔には、笑みが浮かんでいた。 写真の中の幼い櫂のように、満面の笑顔で、櫂は笑っていた。 「だから、これからも俺は人と関わっていく。もう、拒絶することはしない。母さん達の時のように後悔しないように、俺は精一杯大切な人を守る」 決意する櫂の背中を押すように、開け放した窓から春の風が優しく吹き込んできた。 (俺を生んでくれてありがとう) この命続く限り、俺は人との繋がりを持ち続けよう。 |