※ショタ櫂君と両親の話
※両親の人物像はイメージ
※あくまで健全イメージ










「気になるやつがいるんだ…」


一日も終わりに近付いた夕食時、俺と父さんと母さんが揃って夕食を食べているリビングで、俺は唐突に言葉を零す。

今日は俺の大好きなカレーライス。前もって母さんにリクエストしておいたものだ。

そのカレーライスの盛られたお皿が、あと少しで空になるというところでの話だった。


「あら、それって女の子?」

「おおっ!トシキにもとうとう好きな子が出来たか!どんな子だ?母さんに似て可愛い子か?ん?」

「あなたったら…。あんまり突っ込んで聞いちゃだめよ?難しい年頃なんだから…」

「いいだろう別にこれくらい。で、どうなんだトシキ」


俺の言葉に先に反応したのは母さんの方だった。

どうやら好きな女の子が出来たと勘違いしたのだろう。嬉しそうに顔を綻ばせてはにかんでいる。

その母さんの言葉に反応した父さんが、茶化すように問い掛けてくる。

お前は母さんが大好きだからな。なんて言いながら俺の言葉を待っている。


「いや、そうじゃなくて…。相手は男だし」


そのどれとも違うと、首を振りながら言葉を続ければ、二人は残念そうに肩を竦めながらも、俺の話に耳を傾けようと俺と同じカレーライスを食べる手を止め、俺の方を見た。

それを確認してから、俺はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「同じ学年じゃないやつなんだ。そいつはいっつもボロボロで、顔に傷いっぱい作ってて、俺がよく遊びに行く公園の前を俯きながら通り過ぎてくんだ」

「それは……」

「う〜ん」

「なぁ、アイツってイジメにあってるんだろ?」

「でも、トシキはそれを間近で見たわけじゃないんでしょう?なら、イジメと決めつけるのは良くないんじゃないかしら?」

「だって、アイツいっつも顔に傷作ってるんだぜ!どう見ても苛められてますって顔して、毎日あの公園の前を通るんだっ!」

「トシキ…」


俺の話を聞いた二人は、話の内容からすでにその少年が世間一般で言う『イジメ』にあっているのだということを理解したらしい。

けれどそれを子供の俺にはっきりと言って良いのか悪いのか、言いあぐねているようだった。

でも、俺だって馬鹿じゃない。

アイツが学校で苛められてるってすぐに分かったさ。

けど、俺が気にしているのはそんなことじゃないんだ。


「だからさ、俺、アイツを元気にしてやりたいんだ。アイツを、心の底から思いっきり笑わせてやりたいんだ!」


まるで告白するみたいに、俺は精一杯の決意を込めてそう言い放った。


「でも、どうすればいいのか分からないんだ。アイツにとっては、俺なんて初対面の人間だし。それに、イジメられてるってことは、少なからず俺のことも警戒するはずだし…」


う〜ん。唸りながら、俺はテーブルの上へ伏せるように身体を倒す。

すると、そんな俺の頭上から言葉がかかった。


「でも、トシキがそうしたいのであれば、どんなことでもいいから行動してみればいいんじゃないかしら」

「母さん…」

「そうだな。トシキがそうやってやってあげたい!って思うなら、行動しなきゃずっと後悔したままになるぞ?」

「父さん…」


その声に伏せていた顔を上げれば、そこには息子の決意を応援するように、笑みを浮かべた母さんと父さんの顔があった。

そこには失敗など恐れず、自身の思うままに行動し、後悔などするものではないと、二人の親としての、人間としての想いが込められているような気がした。


「お前が笑顔になれることを、その子にしてあげてごらん」

「うん!」


父さんの最後の言葉を合図に、俺は今まで放置していたカレーライスの残りを綺麗に平らげて、キッチンのシンクに置き、水を張ってから自分の部屋へと慌ただしく駆け上がっていった。


「笑顔になってくれるといいわね」

「ああ。きっと、大丈夫だろう。もしかしたら、それをきっかけに友達になるかもしれないぞ?」

「家に連れて来たら張り切っておもてなししちゃうかもしれないわ!」

「それは今から楽しみだな!」


と、両親が穏やかな会話を続けながら、息子の決意が良い方向へ進むことを祈っていたことを、櫂は知らないまま。



















「っていっても、何をしてやればいいかって言われたら、やっぱりこれしかないよなぁ〜……」


ごろん、と、夕食後すぐに自室のベットで寝転がりながら、俺は掌に収めたカードデッキを見遣る。

そのカードには屈強な戦士や、獰猛そうな竜が描かれたイラストが広がっていた。

“ヴァンガード”

全世界のカード人口のおおよそを占めるそのカードゲームは、櫂も例に漏れず夢中になっているものであった。

櫂が特にお気に入りとしていたのが、竜をメインにした《ドラゴン・エンパイア》に所属する航空部隊、<かげろう>と呼ばれるユニット達だった。

だが、今櫂が見ているのは、普段見慣れた自身の持つカードクランでは無い、白を基調とした剣士が描かれていたカードだった。


「<ブラスター・ブレード>、か……」


ヴァンガードの世界の基盤となっている、惑星クレイにおいて《ユナイテッド・サンクチュアリ》にの聖騎士団<ロイヤルパラディン>に所属するそのユニットは、櫂にとっては使う機会のないクランのカードであった。

ただ、いつか友達とトレードするであろうと、小遣いを溜めて買ったカードを全て大切に保管していた櫂は、今日わざわざこのカードを保管していたバインダーから抜き取ったのだ。


「勇気の剣を持つ、白い騎士。アイツにぴったりだ!」


そう、櫂が思いついた、あのボロボロの少年を笑顔にする方法。

それは、このブラスター・ブレードをあげて、勇気づけることだった。

白と青を基調とした彼は、蒼い髪の少年によく似合う。

それに、勇気の名を関するこのユニットは、あの少年に今、とても必要なものだと思ったからだ。


「これだ!これにしようっ!」


バッと、勢いよく身体を起こして大声で誰に言うでもなく言葉を放つ。

明日の用意を済ませてある、愛用のランドセルの中にそのカードが折れないようにしまい、櫂はウキウキと体を弾ませる。


「(喜んでくれるといいな。笑顔になってくれるといいな)」


そんなことを思いながら、櫂はふわりと笑みを零すのであった。










そんな櫂は、まだ知らない。

そのカードを彼にあげたことで、彼が本当に勇気づけられることを。

そして、そのカードと共に、自身とファイトすることを目標に彼がデッキを組むことも。

その少年に、高校生になった櫂が救われることを。



(『ほらよ。こいつをやるよ』)



子供の櫂は、知らないでいるのだ。