―『……う、ぁぁあああああっ!!』


遠くで、お前の悲鳴が聞こえた。




















「………っく…ぅ」


頭が痛む。

その嫌な感覚を感知した身体が覚醒を促す。

頭痛のように内側からくる痛みではない。外側からくるソレは、頭の下で隆起した岩だと認識したのはそれから数分経ってからだった。

突起に乗り上がるようにしていた頭を押さえながら、シルバーはゆっくりと目を開く。

そこに広がったのは黒一色。光源が一切無い闇の色。

だがどこか安心できるその場所は、自身が修行の場として利用している、<おつきみやま>だった。

しかし、瞬時に感じる違和感。それは、ほぼ直感と言ってもいいほどに澄んだ思考が導き出した答えだった。


「違う……」


具体的に何が違うかと言われるとハッキリ答えることは出来ないが、シルバーの居た<おつきみやま>とこの<おつきみやま>は全くの別物だった。

だが、何故自分がこの似て非なる空間に居るのか皆目見当も付かない。

状況を整理しつつ腰に下げたボールを確認する。

所々に無数の傷がついたボールのかさついた感触が、シルバーの居る空間と、この世界が現実にあるものだと認識させる。

しかし、そんな俄かには信じがたい状況に置かれてもなお、こんな風に冷静に気持ちの整理が出来るのは、ひとえにシルバーという人間がクールであることと、大切にしている相棒達と離れていないからだ。


「一体、誰がこんなことを…」


在り得ないことではない。人間に出来ない事でも、自身の相棒、ポケモン達は常に人間達とは違った能力を当たり前のように駆使しているのだから。

だとすれば、こんな異常事態が起きたのもポケモンの仕業であるのだろうと考えるのが妥当だ。

だが、そこで残る疑問と言えば、


「何故、“俺”なんだ」


ということだった。

ポケモンの気紛れ。と考えられないこともないが、それは余りにも脈絡の無い考えなのはシルバーにも分かっていた。

何より、他人よりも気配というものに敏感なのだ。もし自身に何かを仕掛けようという存在が居るのであれば、自身も相棒も気づけるハズなのだ。

ますます疑問が膨らみ、思考は謎の海へ沈む。

いや、ここで思考を止めてはいけないと、シルバーは意識を失う前のことを思い出そうとこめかみに指を当て唸る。

すると、次第にクリアになっていく思考の中で、やけにリアルで、それでいて悲痛な声が木霊のように響いてきた。


『……う、ぁぁあああああっ!!』


「―――っ!!」


ハッと、一瞬呼吸をすることを止めてしまっていたのだろうか。

その音に弾かれる様に閉じていた瞳を開けば、頬を伝わる汗と、激しくなった鼓動の音と呼吸音が暗い洞窟内に忙しなく響く。

その悲鳴を振り払うかのように頭を振っても、その声はまるでシルバーを苛むかのように耳にこびり付いて離れない。

次第にその悲鳴の音量は上がり、今度こそ本当に、まるで鈍器で殴られたかのような鈍く重い頭痛がシルバーを襲う。

痛みを和らげるように閉じた瞳の奥で、見たこともないような映像がフラッシュバックし、強制的に“視せられる”。



 水底に沈むクリスと、“レッド”と呼ばれた少年の姿。

二人を止めようと泣き叫ぶゴールドの姿。

 そんなゴールドを諭すポケモンと思わしきものの姿。

そのポケモンの力によって光に包まれ消える、ゴールドの姿。


そして、力強く光を放つ、決意を固めたゴールドの瞳。



―『絶対に、助けるっ!』



『(君の力が…。彼には必要だ)』

「………っ!……っぅ、…」


意図せず溢れだした涙が止まらない。次から次へと溢れ、嗚咽を抑えることしか出来ないシルバーの前に、フラッシュバックした映像の中に映っていたポケモンがその身を浮かせていた。

涙で滲む視界の中、確認できたその姿に小さく「セレビィ」と答えることしか、今のシルバーには出来なかった。

目の前のポケモン、セレビィは必死に涙を止めようとするシルバーにふわりと一つ微笑んでから、ずいっと顔を近付け言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


『(今の映像は、僕が君達の世界で見たものそのままさ。そして、君の中に流れてきた彼の想いも、決意も。全て本物だ)』

「…これは…、いつの…」

『(たった、数時間前の出来事さ…。聡明な君は、何故僕がこんなことをしたのか理解出来るよね)』

「分っている。それに、俺がこのことに必ず力を貸すって確信があったからこそ、お前はこの世界に俺を喚んだんだろう?」

『(そうさ。君には、“君自身”の相手をしてもらいたくてね。彼等の異変に気付けなかった自身の不甲斐なさ、存分に味わうと良い)』

「言われなくても」


未だ溢れ出す涙を上着の袖で乱暴に拭い、キッとセレビィを見据える。

試すようなその光に、けれど迷う筈がないと意志を込めた視線を交えれば、フッと笑みを零したセレビィは「上出来だ」と呟いた。


『(行っておいで。この先に、君が戦わなきゃならない相手が居るから)』

「ああ。ありがとう」


セレビィの背後、淡く光が射し込むその向こうに、“この世界のシルバー”が居る。

記憶の断片と共に流れ込んできた情報によって、シルバーが得た知識。

そして、そんなシルバーに課せられた使命も、分かりきったことだった。


「不甲斐ないさ…。俺はアイツ等から沢山大切なことを教えてもらったり、貰ったりしたのに、俺はそんな二人の一大事に駆けつけることすら出来なかったんだ」


誰に向けた言葉でもない、それは、紛れもなく自身に向けた諫めの言葉。

歩く速度と歩幅に合わせ、シルバーは言葉を綴る。


「アイツ等の泣き顔なんて見たくない。ああそうさ、見たくないね。アイツ等には、」


闇に慣れた視界に、眩いまでの光が飛び込む。

太陽を睨み付けるように見上げた瞳には、殺意と呼べるまでに鋭い闘志が宿っていた。


「笑っていてほしいんだ…っ!」


だから、まだ希望を捨てないでくれ。

俺は、お前達にまだ何も返せていないから。



―「悪いが、俺は今すこぶる機嫌が悪い。………なんせ、お前に、そしてこの“世界”に大切な人を奪われたんだからな…」



(お前たちに笑顔を)



取り戻してみせる。俺自身の力で!


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