「ブラスター・ブレード!」

「おはようございますアイチ様。今日はどうされました?」


そんなことがあった翌日、今日がそのバレンタインと呼ばれる日であった。

アイチはいつもより若干早く目を覚まし、昨日綺麗に包装した包みを大事に抱えながら、朝から目の前の彼、ブラスター・ブレードを探していた。

そうしてようやく見つけた彼は、城から少し離れた森の中、ちょうど木漏れ日が降り注ぐ場所で自身の名を冠す『勇気の剣』を揮い、鍛練を行っていた。

そんな彼に声を掛けながら駆け寄れば、彼はすぐにその手を休めアイチの方へ振り返り挨拶を返す。

思いの外走り過ぎてしまっていたらしい。予想以上に乱れてしまった呼吸を慌てて整えながらも、彼へ視線を向ければ、彼がその身に纏う白銀の鎧が太陽の日を受けて、キラキラと輝いている姿に暫し見とれてしまった。


「…アイチ様?」

「っ!あ、ご、ごめん!えっと……今日は君に渡したいものがあって…」

「私に、ですか?」

「うん。これ…なんだけど…開けてみてくれる?」


動きを止めてしまっていたアイチを心配するように掛けられた声に、アイチは慌てて自身の手に持っている包みを彼の目の前へ差し出した。

白いレースが施された包装紙に、青いリボンがふわりと巻かれている。

ロイヤルパラディンを模しているであろうその包みをアイチの手から受け取ったブラスター・ブレードは、きょとりと首を傾げながらも、アイチの言葉に促されるままにそのリボンの結び目を解いた。


「これは……」

「僕が作ったチョコ味のカップケーキなんだ。……と言っても、途中まで皆に手伝ってもらったんだけど」

「何故…私に…?」

「そ、それは……。今日がバレンタイン、だから…なんだ」

「ああ。そう言えばそうでしたね…。道理で騎士団の兵士の大半が浮かれていたわけですね」


包みから姿を現したのは、小振りなカップケーキ。

チョコレート味のそれは、上に白い粉砂糖が軽く振ってあるだけのシンプルな作りであったが、とても美味しそうに焼き上がっているものだった。


「君に、どうしてもあげたかったんだ。大切な君に」

「アイチ様…」

「ほら、僕達は皆には内緒だけど…その、恋人同士だし……それに、これを機に君のことをもっと知りたいなって思って…」

「面白いことを言いますね…。私のことは、貴方が一番知っているではないですか」

「ううん。全然知らないよ。だって、僕は君の好きなものとか、嫌いなものとか知らない。僕と過ごし始めた四年前よりも前、何をしていたのかも、ね…」


話す度に、声が小さくなる。

本人を前にして、知らないことが沢山ある。などと言ってしまうのにはとても勇気がいる。

折角ソウルセイバー・ドラゴンに背中を押してもらったのに、これでは台無しじゃないか!


「だから……っん!」


声が小さくなるにつれ、視線も下がる。

俯いてしまった顔を勢いよく上げれば、不意に自身の唇に柔らかい何かが当たる。

それを目の前のブラスター・ブレードの唇だと認識するのと同時に、アイチの視線を白銀と深蒼が占めた。


「そんな顔をさせるまで、私は貴方を悩ませてしまっていたんですね…。すみません」

「ううん……今まで聞こうとしなかった僕も、悪いから…」

「ですが、私は嬉しいのです。貴方がそうして私のことで真剣に悩んでくださるのが」

「え……?」

「こんなことを言うのも失礼かもしれませんが、私も本当は聞きたくてたまらなかったのです。貴方と私が出会う前、空白の時間を貴方がどうやって過ごしてきたか。この四年間、どのような気持ちで私の傍に居てくれたのか…」


ふわり、アイチよりもいくらか大きな身体がアイチの身体を包み込むように抱き締める。

その優しい抱擁に、そして彼の気持ちに応えるように、アイチもその広い背中へ腕を回す。


「そう、だったんだ…。僕達、同じことでずっと悩んでたんだね」

「こんなに近くにいるのに、意外とお互いのことが見えていなかったのですね…」

「でも、仕方のないことなのかもしれないね」

「と、言うと?」

「だって、君は僕の『分身』だから、さ…」


四年前から、ずっと、彼はアイチの『分身』だった。

だからこそ、今まで擦れ違っていたのかもしれない。

自分のことが一番見えないのは、誰しもあることなのだから…。


「でも、これだけは言えますよ」

「何……?」


徐に身体を離し、こちらを見つめるブラスター・ブレードに視線を合わせるように顔を上げれば、また重なる唇と唇。

今度はゆっくりと、慈しみ啄むように、触れる。

忠誠にも似た、愛を誓う温かいキス。


「愛しています。アイチ様」

「僕も……愛してる」


そうしてまた、唇を合わせる。

いつの間にか彼に食されていたケーキのチョコレートが、互いの口腔内に広がる。

ビターテイストだったハズのそれは、重なった唇の熱さでひどく甘く感じられた。