※惑星クレイパロでBB×アイチ
※アイチ総受け描写も少しあります










「アイチ様、後は焼き上げるだけです。その間ティータイムと致しましょう」

「うん。そうしようか」


ふわり、石窯の中から甘いチョコレートの香りが辺りを包む中、城のキッチンに備え付けられたテーブルにティーセットを広げた可愛らしいお団子頭が特徴的な少女、<スターコール・トランぺッター>がアイチを呼ぶ。

その提案に小さく息を吐いた後に乗ったアイチは、正装の上から身に着けたエプロンを傍に掛けてから椅子へ腰を下ろす。

そんなアイチの周りではスターコール・トランペッターの他にも、同じく先程までアイチと同じような作業をしていた女性陣が続々と集まり、椅子に腰を落としたり紅茶の用意をしたりと忙しなく動いていた。


「アイチ様、料理が初めてと言っていたの嘘でしょう?とても手際が良かったですよ」

「それは皆の教え方が上手だったからだよ。一人でやってたら多分、このキッチンがどうなっていたか分らないし…」

「お褒め頂きありがとうございます。さ、紅茶をどうぞ。今日はロシアンティーです」

「ありがとう、モルガーナ」


キッチンの大窓から差し込む太陽の光を自身の金の髪に反射させながら、<薔薇の騎士 モルガーナ>はアイチの隣に腰を下ろし、慣れた動作でアイチへ淹れたばかりの紅茶を置く。

そこから香る匂いを花を小さく慣らして辿るアイチを見ながら、モルガーナはくすりと笑みを零す。

その笑みの真意と、先程までの自分の行動を見られていたことに羞恥を覚えたアイチは彼女の視線から逃れるように紅茶の入ったカップへと意識と行動を移す。

慣れない調理作業に肩を張っていたのだろう。紅茶一口含み、その甘味が身体に沁み渡るのと同時に、アイチは身体の節が痛む気がした。

ちらりと周りを見遣れば、さすが女性と言ったところなのだろう。自分以外には疲れたような表情を見せているモノは誰一人としていない様に見えた。
いや、疲れなど、彼女たちには初めから存在していないのだろう。

なにせ、明日は一年に一度ある女性達の『勝負の日』なのだから。


『バレンタイン・デー』


それは、女性が意中の男性に想いを込めたチョコレートを渡す日。
今はそれだけに留まらず、大切な人や仲間に渡すことでも有名な日だ。

ここ、惑星クレイによく似た世界、『地球』と呼ばれる場所で毎年行われているという言い伝えのあるこの行事に、年頃の女性が食いつかないハズが無い。

いつもは威厳と尊厳を持ち合わせたユナイテッド・サンクチュアリに駐屯する聖騎士団<ロイヤル・パラディン>に所属する女性たちも例外ではないようで。

今日は何時の間に打ち合わせをしていたのだろうか。気が付けば聖騎士団に所属する殆どの女性達がこの城のキッチンに集合し、各々がチョコを渡す相手に合う菓子を作っていたのだった。


「ねぇねぇ、トランぺッターは誰にあげるの?」

「私は、ダークサイド・トランぺッターに。最初はいらないって言われたんだけど、せっかく仲直り出来たんだもん。仲直りの印に。そういうアカネは誰に?」

「私は同じハイドッグブリーダーのセイラン先輩!あとは、ふろうがると一緒にういんがるやまぁるがる達にもあげるの」


アイチが視線を泳がせた先、右側では、トランぺッターと仲睦まじく話し合う少女、<ハイドッグブリーダー・アカネ>が、互いにチョコを渡す相手を言い合っている。


「シャロン。貴女は誰に差し上げるの?」

「私は、マロンやバイロン。そして、バロンね。いつも私の見解を深めてくれる大切な仲間だからこそ、この日にでもお礼をしておかないと」

「シャロンには敵わないわ。でも、その考え方は素敵ね…。私も見習わないと」

「あら。そういうエルフは誰にあげるの?」

「貴方なら言わなくても分かるでしょう?」

「想像にお任せってことね…」


左側では、<静かなる賢者 シャロン>と<魂を導くエルフ>が彼女たちと同じような会話を続けている。


「………」


よく考えれば、今この場に居るほとんどが女性ユニットだということに気付き、アイチは居心地が悪そうに身体を縮こませる。

年頃の少女達の賑やかな会話の中に、自分が混じってしまっても大丈夫なのだろうか?
そもそも、自身は本当にこの場に居て良かったのか?


「そう言えば、アイチ様が誰にチョコレートを差し上げるのかまだ、聞いていませんでしたね」

「え……?」

「あんなに一生懸命に作っていましたから。誰に差し上げるのか気になってしまって…。差し支えなければ教えて頂けませんか?」


思考が暗い方へ傾いていく途中、それを遮るように、自身の隣に腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいたモルガーナが話し掛けてきた。

あまりにもタイミングが良すぎる彼女の行動に、また気を遣わせてしまったのかと一人反省しながら、アイチはその問いに答えるように口を開いた。


「あ、……えっと……実は、<ブラスター・ブレード>にあげようと思って…」

「そうだったんですか!きっと、彼も喜びますよ」

「本当に喜んでくれるかな…」

「と、言いますと?」

「僕ね、さっき作りながら思ったんだ。…そう言えば僕、ブラスター・ブレードのこと、よく知らないなって…」


恥ずかしさを隠すように、指同士を突き合わせながら、アイチは答える。

するとその返答を聞いたモルガーナは、そんな彼を微笑ましそうに見つめてから言葉を紡ぐ。

けれど、アイチはその言葉に素直に喜ぶことが出来なかった。

理由は、今自分が述べた通り。

アイチ自身が、彼、ブラスター・ブレードのことについてあまり知らないことに気付いてしまったからだ。


アイチと彼の出会いは四年前。

ボロボロだったアイチに、『櫂トシキ』という人間が<ブラスター・ブレード>を出会わせたことから始まる。

アイチがこのロイヤルパラディンの先導者(ヴァンガード)に選ばれる前から、彼はアイチに使えていた。

ヴァンガードに選ばれてからも、アイチの傍にはいつも彼がおり、誰もが二人は強い絆で結ばれていると信じて疑わなかった。

だが、実際はどうだ?


「僕は、ブラスター・ブレードが僕と出会う前、どんな場所で生きて、何をしていたのかも知らない…。四年も一緒に居たのに、好きなものも、ましてや嫌いなものも知らない。僕が知ってるのは、いつも彼は僕の傍に居た。っていう事実だけだ」


いつの間にか、キッチンに響く声は、アイチだけのものになっていた。

チョコレートの甘い香りが場違いなほど、アイチの声は暗く、重いもので。

先ほどまで騒がしくしていた他のユニット達も、気付けばアイチの声に耳を傾けていた。


「(全く……。世話の焼けるヴァンガードだな…)」

「<ソウルセイバードラゴン>!」


そんな重い空気を一掃するかのように、不意にその場を揺らす声が響く。

その声に今まで俯いていたアイチが顔を上げると、開け放した大窓の隙間から顔を覗かせるようにして、この聖域に生きる守護竜である<ソウルセイバー・ドラゴン>がアイチへと視線を向けていた。

その彼女の視線と声には、アイチを叱咤するような感情が込められていた。


「(ならば、彼と同じ戦場の地を駆けたいとでも言うのか?それこそ、彼は微塵も望んでいないことだと、私は思うぞ)」

「…っ、でも、そうでもしなきゃ、僕はブラスター・ブレードのこと、何も知らないままになっちゃう…っ!」

「(だからなぜそう極端な答えしか出せないのだ…。そんなことよりも、もっと簡単な方法があるだろう?)」

「分らないよ……」

「(『言葉』で、彼に伝えればいいことだ)」

「言葉…」


今の話から続くであろうアイチの考えを見透かしたかのような彼女の言動は、アイチの心にずきりと針を刺す。

そんな彼女の言葉に、けれども反論するアイチに呆れたのだろう。溜息を一つ零し、空気を揺らした彼女はアイチを諭すように口を開く。

言葉で伝えろ。と。


「(戦場で彼と肩を並べることよりもずっと簡単で、ずっと、彼に近付ける方法だ。)」

「そう…なの?」

「(ああ。それに、よく自分の立場を考えてみろ。お前は私達ロイヤルパラディンを先導する大事な存在。ヴァンガードだ。そんなお前が戦場の最前線に立ち、運悪く命を落としでもしてみろ。彼と過ごした四年よりももっと長い年月を、失うことになる)」

「あっ……」

「(分かったか、マイヴァンガード。……そう、時間は有限だ。その限りある時間の中、彼のことをもっと知りたいと思うのならば、常に二人のよき未来を描くことを選択することだな)」


ゆっくりと、母が幼子に語りかけるような口調で、彼女は語る。

それは、古の時代から今を生き続ける彼女が、時代の流れで掴んできた<真理>。

その言葉にハッとするアイチに、彼女はふわりと微笑んでから、ふいと視線をオーブンへ移す。

そんな彼女の行動にタイミングを合わせるように、オーブンの方から焼き上がりを告げる時計の音が鳴り響いた。


「(さて、未熟なヴァンガードに命の尊さを教えた褒美を頂こうか。いいだろう?)」

「うん!ありがとう、ソウルセイバー・ドラゴン」

「(もしまた躓くようなことがあっても、私達はお前の味方だ。誰でもいい、それこそ、真っ先に彼に相談をしてみなさい。きっと、力になってくれることだろう)」

「そうですよ、アイチ様!私達はいつまでも、貴方の仲間であり、味方です!」


ソウルセイバー・ドラゴンの言葉に同意するように、それまで口を閉ざし二人のやり取りを見守っていた皆がそれぞれに口を開く。

その言葉の暖かさに感謝しながら、アイチはもともと皆にあげる予定だった焼き上がりの菓子を、一人ずつに配って歩くのだった。