※櫂似君と三和君のお話
※二人は友達設定










「櫂ってさ、不器用な奴だったんだな…」

「は?」


午前の長い授業が終わり、至福とも呼べる昼食時、それまでの話の腰を折るようにして、俺はその場へ言葉を落とす。

すると、そんな俺の目の前で今まさに購買で勝ち取ってきたであろう戦利品の焼きそばパンの袋を開けかけた三和が口をぽかんと開けたままその動きを止めた。

だが、その反応に身体がついていかなかったのだろう。

一拍遅れてパンの袋が破かれ、空気の破裂する音が俺達の辺りに軽快に響いた。


「だからさ、櫂って不器用なんだなって話」

「いや、それは分かるけどさ…。なんだよいきなり」


その音を合図に、俺は再度同じ言葉を三和へ投げ掛ける。

今までの話となんら脈絡も無い俺の言葉に呆れながらも、三和は次の言葉を促しながら、封を切った焼きそばパンへ齧り付いた。

俺もそんな彼に倣うように、机の上に置いておいた紙パック飲料のカフェオレを口に含む。


「俺ってさ、よく櫂に間違えられるって話すんじゃん?」

「あー…。確かによく似てるからな」

「でもさ、お前は間違えないじゃん。やっぱり親友だからか?」

「まあ、それもあるっちゃあるけどさ」


そう、先程から俺達二人の会話の中心となっている人物。『櫂トシキ』に、俺はよく間違えられる。

どうやら、髪型や後姿がとても似ているようだ。

でも、それだってよく見れば違うことに気付けるはずなのだ。

まず、俺はあの櫂よりもいくらか声が高い。
顔付きも奴に比べればまだまだ幼さがある。

それに、俺はいつも誰かとつるんでいるのだ。

間違える方がおかしい。以前、目の前の三和にそう言った時、彼は苦笑しながらもこの俺の言葉に同意してくれた。

なにせ、目の前の三和という男はは俺と櫂を一度も間違えたことが無いからだ。しかし、内心は似ていると感じているのかもしれない。
その答えが、あの返答に含まれているだろうから。

でも、何故間違えなかったのか。と、俺は以前三和に聞いたことがある。

すると、彼は笑いながこう答えたのだ。


『お前と櫂は、歩いてる時に纏っている雰囲気が違うんだよ』


雰囲気を読み取る。という高度な観察能力を持った三和に驚きながら、やはり彼は櫂の親友であるだけのことはあると感心したのはその時だ。

社交的で気さくな三和との話は楽しいのと同時に気が楽になる。

気が付けば彼と共に昼食を摂ったりする間柄にまでなったのはつい最近だ。

普段櫂とつるんでいる三和だからこそ、俺は今この話題をしているわけだけども。


「で、話を戻すけどさ。俺、またあの櫂に間違えられたんだよ。しかも、今度は学校の外!しかも中学生に!」

「おお!遂に中学生にまで間違えられるようになったのか!よっぽどお前ら似てんだな!」

「笑い事じゃねぇって!ここから近い場所にあるカードショップで友達と談笑してる時にさ、切羽詰まったような声で『櫂君っ!』って」


ほんの息抜きだった。

のめり込むほどではない。気楽に遊ぶ程度に揃えたヴァンガードで、友達と一緒にファイトをしようとした時だった。

後ろからすごい勢いで自身の名ではない、けれど反射的に反応してしまう名前を呼ばれ、振り返った先に居たのは気弱そうな男子中学生だった。

そんな彼を見遣りながら、『何?』とだけ返せば、お目当ての人物ではないことによほど落胆したのだろう。絶望したような表情を浮かべた少年は、一言詫びてから自身の前から去って行った。

それほどまでに、櫂に会いたかったのだろう。櫂と呼び、さらに自身と間違える。
珍しい苗字なのも相まって、彼が探していた人間があの『櫂トシキ』であるというのに間違いはないと思った。


「その時はそれまでだったんだけど、つい最近もそのカードショップに行ったわけ。そうしたら今度はあの櫂本人が居てさ。ま、向こうは俺に微塵も気づいてなかったけど」


一人でカードを睨み付けるように見つめる櫂に、クラスメイトでも無い、まして面識の無い自分が、三和の様に気さくに話し掛けられるわけもなく。

そんな櫂の横を静かに通り過ぎ、近場にあるファイトテーブルに腰を下ろした時だった。


『僕のターン!ドロー!小さな賢者、マロンにライド!』


聞いたことのある声に反応し、その声の元を辿った俺の目に飛び込んできたのは、以前俺を櫂と間違えたあの少年だった。

どうやら彼は同じ学校の仲間とヴァンガードファイトをしているらしい。

なるほど、だからあの時櫂を探していたのか。

気にしていなかったはずの謎がようやく解け、それでその少年への興味は完全になくなったはずだった。だが、視線を正面へ戻そうとした時、ふと気になる動きがあった。

先程までカードを見ていたはずの櫂が、まるで見届けるようにその少年へ視線を注ぐ、その動きが。何故か自然と俺の視界に入り込んでいた。

あの少年が攻撃をする、防御する、相手とのファイトを楽しむその姿を、じっと、櫂は見つめていた。

それまでは普通だった。だが、その時の顔が、俺の見たことの無い表情を浮かべていたから俺はさらに驚いた。

櫂は、その少年を見て、その少年のファイトを見て、笑っていた。

こちらが注視していなければ、『笑っている』と認識出来ないほどに小さな笑みを浮かべ、櫂は微笑んでいた。


『(アイツ…。あんな顔も出来るんだな…)』


そんな彼を眺めている内に、少年のファイトは終了したようだ。
その瞬間視線を逸らした櫂に、あの少年はすぐさま駆け寄り、櫂の機嫌を窺うように二言三言話し掛けていた。

しかし櫂はそんな少年の言葉に素っ気無く返事するだけで、さきほどまでの微笑みは何処へやら、俺の知るいつもの櫂に戻ってしまっていた。


「きっと、アイツは口下手なんだろうな。あんなに嬉しそうな櫂、俺初めて見たからさ。なんか、それってかなり損な性格だなって思ってさ」


ジュウウ、中身が無くなり、空気が混じり始めたカフェオレの飲み干しながら、俺は溜息を吐いて頬杖を付く。
そんな俺の話を折ることなく、最後まで聞いていた三和がどこか嬉しそうな顔をしていることには気づかなかった。

自分の殻に閉じこもってばかりのあの櫂を、理解してくれている人間が居たことが、三和は嬉しかったのだ。


「俺さ、櫂の事少し分かった気がする。思ったよりアイツ、良い奴だったんだな」

「なかなかに愛想が無いからな。少し誤解が解けて俺も嬉しいよ」

「でもさ、いくら無愛想ってったって、なにも中学生相手にあの態度は無いだろ!見た感じ、あの子すげー櫂のこと尊敬してる感じだったのにさ!あんなんじゃグレるぞ!」

「ははは!アイチに限ってそれはねぇよ」

「なんだ、やっぱり三和も知ってたのか……。そっか、あの子『アイチ』って言うのか…」

「最初はまさか、とは思ったけどな。やっぱり予想通りかぁ」

「なら話は早いな。なぁ、三和。今度アイツに言っとけよ。『少しはアイチに優しくしろっ!』ってな」

「はいはい、了解」


やはり三和もあの少年、『アイチ』のことを知っていたのか。
道理で俺の話に口を挟んでこない筈だ。

そんなことを頭の片隅で思いながら、しかし櫂のあの少年に対する反応の方に憤りを感じている俺は、昼休みが終わるまでの間、櫂の態度の悪さについて熱く語るのであった。



(俺によく似たお前の欠点)



その欠点のせいで、大事なものを失うなよ?