合宿の帰り、車の中で夢の中に旅立ったわたしは、寄り掛かったアイチの身体の温もりに、ひどく安心したの。

いつの間にかわたしの知らないアイチが居たことに寂しさを感じていたけれど、その温かさだけはまだ、私の知るアイチだったから。




















『ファイナルターン!』


不敵な笑みを浮かべ、対戦相手を鼻で笑うように、そして高らかに、アイチは宣言した。

その声にびくりと肩を揺らし、遠目からでも分かるほどに身体を震わせた相手の目は、恐怖の色に染まっていた。

アイチを見ているようで、けれどその向こうに他の誰かを見ているように。
二重の恐怖に怯えているような気がした。

使っているカード、戦術はいつもと同じアイチのものなのに、根底だけが、どこか違っていて。


「(怖い……)」


気が付けばわたしの身体も少し震えていた。
カタカタと震える右手を、周りの人に見つからない様に握り締めることで誤魔化して。

アイチが相手を完膚なきまでに叩きのめすまで、その姿を観戦席から眺めることしか出来なかった。




















無力。そう、わたしは無力だ。

いつだって気付いた時にはもうわたしだけではどうにもならないところまでアイチが変わってしまっていて。

わたしの通う宮地学園に、以前はアイチも通っていた。
でも、そこで苛めに遭って、小学生の時に別の学校へ転校したことも。

そんなボロボロの時に櫂さんからもらったカード、「<ブラスター・ブレード>」を今まで大事にしていたことも、そして、そのカードを使った遊びで仲間を、新しい友達を見つけていたことも。

わたしは、知らなかった。

家族なのに、誰よりも長い時間をアイチと過ごしてきたのに、いつも最後になってからじゃないとアイチの変化に気付けない。
それがひどくもどかしくて、悔しくて。



そして、今も。



かつて対戦したこともある対戦相手、ジュラッシックアーミーのリーダー相手に不遜な態度を取るアイチの手にあるのは、先日まで使用していたハズの『光の聖騎士団<ロイヤルパラディン>』の仲間達ではなく、見たことの無い、『漆黒の騎士団<シャドウパラディン>』と呼ばれるクランのカードデッキだった。



ねぇ、どうして?

いつもの、いつものあの温かい笑顔を浮かべていたアイチは何処へ行ったの?

どうして、どうして仲間を犠牲にするような、ロイヤルパラディンとは違った戦い方を選んだの?

なぜ、なぜ。

また、わたしの知らないアイチになるの?



ほら、またわたしは何も出来ないじゃない!

震えてるだけで、元のアイチに戻るように願うことしか!




















「ただいま」


そうして数日が過ぎた。

その日、デッキ一つを持っただけでふらりと家を出て行ったアイチが心配だったわたしは、アイチの帰宅を告げる声を聞き、すぐさま玄関へと駆けて行った。

何処か気だるげに靴を脱ぐアイチの表情を窺うように、彼の顔を下から覗き込もうとした時、不意にわたしの目に飛び込んできたものがあった。


「そのカード……ブラスター・ブレード!」

「うわっ!エ、エミっ!?」


家を出る前と同じ、デッキをしっかりと握り締めたアイチの手からカードを奪い取り、まじまじと見る。
急に声を掛けられたアイチは身体を大袈裟に揺らし驚いた様子でわたしへ声を掛ける。

そんなアイチの声を無視して、わたしはまだカードを見つめる。

確認するようにカードを一枚一枚広げていく。
わたしの眼下に広がるのは、かつてアイチが愛用していたロイヤルパラディンのカードだった。


「アイチ…っ、これっ!アイチのカード!」

「そ、そうだよ。コーリンさんが持っていてくれて、櫂君が僕に返してくれた。正真正銘、僕のカードだよ」


それがなんだか嬉しくて、でもどうやって言葉を繋げればいいのか分らなくて、断片的に会話を進めようとしたわたしの意図を汲み取ったアイチは、少し申し訳なさそうに眉を下げながら説明してくれた。


「今まで、ごめんね」

「え……?」

「エミ、前に言ってたよね。僕が『怖かった』って…」

「……うん」


覚えていてくれたんだ。

《チーム アベンジャーズ》の矢作キョウとのファイトの後倒れたアイチを介抱したあの医務室で、わたしがアイチに言った言葉。
そして、わたしがアイチへの違和感を感じ始めた始まりである、あの時のことを。


「もう、大丈夫だから」

「アイチ……」

「もう、怖い僕は、いないから」

「………っ!!」


そう言ってふわりとわたしの頭を撫でるアイチの手の温もりが、合宿の帰りの車の中で感じた温もりと全く同じで。

いつものアイチが、わたしの知ってるアイチがようやく戻ってきた気がして。


「アイチ…、アイチ…、アイ………チ!」


じわりと、わたしの瞳に涙の粒が溢れて。

ぼろりと、目を閉じた瞬間に溢れだして。

ぐしゃり、溢れる感情に蓋が出来なくて。


玄関先で、みっともなく嗚咽を響かせ、わたしは泣いた。


キッチンで夕食の準備をしていたお母さんが声を掛けて来たけれど、それにさえ言葉を返すことが出来ないくらい。

兄を心配していた妹の小さな心は、箍が外れたように涙の洪水を作って。

涙が止まるまで、まるで幼子をあやす様に優しい手つきのアイチの心の暖かさに甘え、わたしは涙と声が枯れるまで泣きじゃくった。



(だからもう、わたしを置いて行かないで)




「ごめん……ごめんね」


そう言って優しくわたしの頭を撫でるアイチは、紛れも無くわたし、先導エミの兄、『先導アイチ』だった。