「いかがですか、マイヴァンガード。少しは気が楽になりましたか?」

「うん。ありがとう、ブラスター・ブレード」


喧騒が遠くから微かに聞こえるほどの、会場から少し離れた屋外バルコニーで風を受けながら、二人は時間を潰していた。
アイチは畏まった場所から少し離れたことに安心したのか、先程まで吐き出すことの出来なかった溜息を大きく吐いて緊張を解した。

対するブラスター・ブレードも、人前で彼と会話する時よりもいくらか砕けた言葉で話しかける。
そこから感じられるのは、二人の関係が他の聖騎士団の騎士達よりも近く、親密であるということ。

アルフレッドがアイチを宥めるにも埋められないその距離にいるのが、目の前の白き剣士、ブラスター・ブレードだった。
だからこそアルフレッドは、ブラスター・ブレードの提案を呑み、彼らに席を外すことを了承したのだった。


「しかし、今日は本当に宜しかったのですか?」

「何のこと?」

「今日は、<かげろう>と<シャドウパラディン>の先導者にパーティに招かれていたではないですか」

「……知ってたんだ」

「ええ。貴方は昔から隠し事が上手くありませんでしたからね」


月光が淡く足元を照らすバルコニーでしばらく風を受けていたアイチの背に、不意にブラスター・ブレードは問い掛けた。
もちろん話の意図が読めないアイチは問い返すわけだが、それでも変わらずに彼は問う。

そうしてようやく話の流れを読むことが出来たアイチは、その言葉を聞いた瞬間に目を丸くしながら、けれど彼が知っていることに対し驚いた様子も無く苦笑を零すようにして笑った。

そんな彼の対応にブラスター・ブレードもとうとう敬語を崩し、茶化すように笑いかけた。
そこには長年付き合ってきた親友のような雰囲気が窺える。

実際、先導アイチとブラスター・ブレードの関係は長く深いものだった。
それは、先導アイチが今は<かげろう>の先導者、櫂トシキから四年前にこのブラスター・ブレードを託されたからだ。

内気な性格ゆえ、からかいの対象となって日々虐げられていたアイチに、かつてはまだユナイテッド・サンクチュアリに住んでいた櫂が「この剣士の様に強くなれ」と言ったことから始まった。

始めこそは内気な人間と寡黙な騎士、互いに口数も少なく常にぎこちない距離感であった二人だが、アイチが前を向き自分で未来を切り拓こうとするその姿勢に、ブラスター・ブレードが心打たれたからである。

そこから最終的に今の関係に落ち着くまでにそう時間は掛からなかった。
先導者に任命された彼、アイチはそれから自分の足で色々な国へ赴き、その地の先導者と交流を深めていった。傍らに、白き剣士を従えて。

そして、かつて自身に強さのイメージを与えてくれた人間、櫂トシキと出会うことも出来た。
白き剣士を従え、自身と対等に渡り合おうとする目の前の少年を相手に、櫂トシキはひどく嬉しそうだった。それは、既にアイチを愛する者として見ていたブラスター・ブレードが見抜くのはすぐのことだった。

私と同じ想いを彼、櫂トシキも抱いている。

そしてその関係にさらに歪めたのが、ブラスター・ブレードと対を成す黒き剣士、<ブラスター・ダーク>を従えた黒き先導者、雀ヶ森レン。

彼は、櫂トシキ以上にアイチに想いを寄せていた。それは執着と言ってもいいほどに。

そんな二人が出会えば常に火花が散るのは避けられないことで。けれどアイチは睨み合う二人を見て、なんと言ったか。


『二人とも、仲がとってもいいんだね』


この時ばかりは、ブラスター・ブレードも彼の鈍感さに呆れざるおえなかった。
だが、同時に彼がこの二人にそういった感情が無いことも分かったので安心したのだが。


「だって、君がいるから…」

「私が、ですか……?」

「僕の特別である君と、特別な日を過ごしたかったから。だから、断ったんだ」

「マイヴァンガード」


いつの間にか過去の出来事に想いを馳せていたらしい。
彼に話し掛けられハッと顔を上げれば、彼はこちらを見ながらはにかんでいた。

その口から飛び出したのは、普段の彼からは想像もつかないほどの真っ直ぐな想い。
それはまるで、愛の告白の様に甘い響きを含んでいた。


「確かに櫂君もレンさんも僕にとっては憧れの存在だよ。でも、今日だけは、君と二人きりが良かったんだ」

「マイ、ヴァンガー……」


予期しなかった彼の告白に、口からは同じ言葉しか出て来ない。
同じ響きを再度口にした時、彼は悪戯に微笑みながら私の唇に指を当てた。


「今は、二人っきりだから……。その呼び方は止めてほしいな」

「アイチ……様」

「ありがとう。……やっぱり、君にはそう呼ばれるのが一番嬉しいよ」


堅苦しい敬語を捨てろ。それは、先導者となる前から彼が私に言っていたことだった。
私にとっては仕えるべき主、けれど、彼にとっては昔も今も私は大切な自身の分身。パートナーなのだと、彼は言った。

かといって私の立場上、いつも敬語を崩すわけにもいかない。
私は聖騎士団の英雄であり、騎士である。
ルールを重んじ、それを他の兵士達にも指示していかなければならない存在でもある。

それを彼も分かっていたからこそ、ならば二人だけの時と条件を付けたのだ。

そして今日ようやく呼ばれた砕けた言い方に、彼はふわりと微笑んで喜んでいるようだった。


「アイチ様。少し、踊りましょうか」

「え!……で、でも僕はダンス苦手だし……。絶対足踏んじゃうよっ!!」

「大丈夫、私がしっかりエスコートしますから。さぁ、お手をどうぞ」


ふわふわと私達二人の間に柔らかな空気が漂う中、会場の方から微かに弦楽器などが奏でる優美な音色が飛び込んできた。
そこでようやく、会食からダンスパーティに切り替わったことを悟った私は、急を承知でバルコニーの上で彼の手を引いた。

もちろん私のその言葉に慌てて拒絶を示した彼だったが、けれどその手を私が離すことは無さそうだと悟ったのか、諦めたように、そして恥ずかしそうに私よりもいくらか小さなその身を寄せてきた。


「メリークリスマス。アイチ様」


覚束ない足取りの彼をフォローしながら、私は彼を見つめてそう呟く。

それは、「地球」と呼ばれる世界で紡がれる、聖夜の呪文。
愛する貴方にだけ捧ぐ、祝福の言葉。



(貴方と紡ぐ、聖夜のワルツ)


ダンスが終わったら、貴方にキスを贈りましょう。