「この世界の繁栄と、騎士達の栄光を讃えて、乾杯!」

「乾杯!」


シャンデリアから灯される光溢れる会場に、騎士達の主、騎士王アルフレッドの威厳のある声が高らかに響く。
彼に用意された壇上から見下ろした先には、戦を起こす時に共に守り合い剣を振う聖騎士団の騎士達が並んでいた。

そして騎士王である自身の後ろには戦で最も活躍し、勝利に貢献した騎士達がそれぞれのグラスに注がれたシャンパンを揺らしながら、祝杯を挙げた。

今日は惑星クレイと呼ばれるこの世界で戦が起こらない聖なる日。

この星によく似た「地球」では、聖教徒の誕生を祝う日らしい。
歴史書に記されたその一文から、誰が言い出したのかは分らないが、今日という日は決して戦をしてはいけないという決まりが出来ていたのだ。

といっても、ここ最近は大きな戦というものは頻繁に起こらなくなってきているのだが。
それもこれも、今期それぞれの国で選出された先導者(ヴァンガード)同士の関係が良好な証であるのだ。

先導者(ヴァンガード)とは、それぞれの国で生活している者達で選出した、戦が起きた時に戦場へ赴き、自身の所属する部隊を勝利へと導く者のことである。
戦況を見極め、兵士達を巧みに操り勝利に貢献する。それが先導者と呼ばれる者達の役目であり、使命である。

前期まではどの国同士も互いにいがみ合い、常に一触即発なオーラを醸し出しており、いつ戦が起きても可笑しくないくらいだった。

そしてそんなこの星に新たに選出された今期の先導者、彼らは任命されてすぐにこの険悪な関係を綺麗に払拭し、今では気軽に他国へ渡り合える関係にまで修復してくれたのだ。


「いかがですか、マイヴァンガード。我ら聖騎士団のパーティは」

「とっても賑やかだね!でも、ちょっと緊張しちゃってるんだ。こんなに大きなパーティも初めてだし、人がいっぱいいるのにも慣れてないから…」

「それが普通ですよ。任命されて初の記念パーティで騒ぐことが出来るのは、きっとノヴァグラップラーなどの日頃元気で活発な者達だけでしょう。聖騎士団のパーティ自体が厳かですからね。場の空気に呑まれてしまうのも仕方のないことです」

「そっか…。ありがとう、アルフレッド」

「どういたしまして。ですが、もし疲れてしまうようであれば横にいるブラスター・ブレードに言って下さい。いいな、ブラスター・ブレード」

「はい、了解しました」


乾杯の合図をした後はそれぞれが好きに行動を起こすので、アルフレッドも騎士達に並ぶように座っていたロイヤルパラディンの先導者、先導アイチに声を掛ける。
声を掛けられた年端もいかない、まだ顔に幼さを残す少年、先導アイチはジュースが注がれたグラスを握り締めながら緊張気味に答える。

そんな彼を安心させるように、横に用意されていた自身の席に腰を掛けながら、穏やかに話し掛ければ、彼はふにゃりと顔を綻ばせて微笑んだ。

この国、<ユナイテッド・サンクチュアリ>に所属する聖騎士団の先導者として選ばれたこの少年は、人より内気な性格である。
けれど、今まで以上に私達騎士団の仲間を大切にしている少年であるからか、誰も彼のその性格を改めようとはしなかった。

始めこそはその内気な性格を非難する者もいたが、内気ながらも揺るぎない信念と真摯な心に感銘したのだろう。すぐに意を唱える者は居なくなった。
それに、彼こそがこの世界から争いを無くした張本人であるのだから驚きだ。

《ドラゴン・エンパイア》に所属する帝国の暴竜を従えた先導者、櫂トシキ。

《スター・ゲート》に所属し、その活発さでリングを盛り上げる先導者、葛城カムイ。

《ユナイテッド・サンクチュアリ》に企業を構えるCEOと対等に話の出来る先導者、戸倉ミサキ。

彼等の他にも、先導アイチと交流を深めていった他国の先導者も多数存在する。

中でも特に大きな功績と言えば、この聖騎士団と対を成す闇を纏いし漆黒の騎士団、<シャドウパラディン>と良好な関係を気付きあげたことだ。
あの一筋縄ではいかない先導者、雀ヶ森レンに気に入られただけでも大きな報酬だというのに、なんと彼は、


『レンさんに、この書類を貰ったんですけど…』


そう言った彼からおずおずと渡されたのは、長年いがみ合ってきた我ら聖騎士団と自身が率いる漆黒の騎士団が半永久的に《ユナイテッド・サンクチュアリ》を守護しようという提案を謳った協定書だったのだ。

これにはいつも冷静沈着と謳われている聖騎士団の面々も目を剥くほどだった。

そんな大きな功績を残してしまったからか、最近の彼はどこからも期待の眼差しを向けられていつもの倍以上に疲れていることが見て取れた。
彼をまるで弟の様に可愛がっているアルフレッドとしてはなんとかしてやりたいのだが、彼が他の誰よりも心を開いているのが自身ではないことも、彼は十分理解していた。


「マイヴァンガード。少し、夜風に当たりましょう」

「え、でも、まだパーティが始まったばっかりだし…」

「構いませんよ。ですよね、騎士王」

「……ああ」

「お言葉に甘えましょう。マイヴァンガード」

「う、……うん」

「それでは少しの間、席を外させていただきます」

「ああ。任せたぞ」


さて、いかがなものかと思考を巡らせていると、あれ以降口を噤んだままだったマイヴァンガードの手を取った白き剣士、ブラスター・ブレードが徐に立ち上がった。
彼の力に引っ張られる様に立ち上がったマイヴァンガードに席を外すことを促せば、けれど少し迷ったように彼は賑わう会場をぐるりと見回した。

けれどそんな彼の言葉など意にも解さないとでも言うように、いつになく強引に白の剣士は私へと了承の意を取りに来た。
その言葉の言外に、彼の少年に対する気遣いを感じ取った私は、少しの虚しさを感じながら彼等が席を外すことを了承した。

するとその言葉を聞くのと同時に、今度こそ外のバルコニーへと続く道を歩き始めた彼に足を若干縺れさせながら、少年は付いて行った。


「(良かったのか。いつになく弱気な騎士王よ…)」

「良いのですよ、我等が聖龍。きっと、マイヴァンガードもそれを望んでいる」

「(ふ……。それもそうだな)」


彼等が去ったのと同時に、事の成り行きを見守っていた聖なる龍、ソウルセイバー・ドラゴンが語りかけてくる。
けれど、彼女も今の状況では彼に任せるのが適任だと感じていたのだろう。
聞くのは野暮だとでも言いたげにそう返せば、彼女もそれ以上追及はしてこなかった。