『From.坂城さん
  sb .12/24なんですが

 予定を開けておいてもらえますか?
 俺とクリスマスデートしましょう!』


そんなメールが携帯に届いたのは、彼が提示した日付から三日前のことだった。
いつもは会話の合間、文字の隙間を埋めるように多彩な顔文字を打つ賑やかな彼からはおおよそ予想もつかないほど真剣であろう文面に、すぐに了承のメールを送ってしまったのも記憶に新しい。

それほどまでに、顔文字も無く、用件だけ端的に述べられたあのメールが印象的だったのだ。




















「あ!坂城さーん!こっちこっち!」

「おはよう篠ノ井君。待ち合わせまではまだ時間があったと思ったんだけどな…」

「なんだか今日は早くに目が覚めちゃって…。それに、いつも坂城さんの方が先に待ち合わせ場所に居ることが多いじゃないですか。なので、自分から誘った日くらいはと思って…」


そうして迎えた十二月二十四日当日。
待ち合わせ場所である駅のロータリーへと歩を進めれば、そこには既に彼が立って辺りを見回していた。

そして視線の先にオレを収めた瞬間、ぱあっと音がしそうなほど顔を綻ばせた彼が大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。

彼と出掛けることは日常茶飯事だ。けれど、今まで自分よりも先に彼が待ち合わせ場所で待っていることは無かった。
彼の学校帰りに遊びに出掛けるというのが、いつものオレ達のスタイルだったから。
そろそろかなと時計を見ようとした時に背中に掛かる温もり。電車から下車し、息を弾ませながら自分の所まで一直線に走ってくる彼が、いつも見る彼の姿だった。

そんなオレの心など露知らず、篠ノ井君はニコニコとこちらへ笑いかける。
その身体に纏う服も、祝日と呼ばれる今日はいつもの制服ではなく、実に彼らしい私服に身を包んでいた。

いつもと違う彼の姿と行動に新鮮さを感じ、自然とオレも言葉の端が弾んだような気がした。


「それよりも、坂城さん。本当に今日一日俺と一緒でいいんですか?夜まで付き合ってもらうことになりますよ?」

「いいよ。それよりも篠ノ井君の方こそどうなの?オレはてっきり今日は東信や長野達と遊びに出るものだと思ってたよ」


時間が少し早く、人も疎らなロータリーで寒さを忘れて会話を続けていると、不意に彼がバツの悪そうな、こちらの様子を窺うような表情で見つめてきた。
その内容はオレとしても疑問のあるものだったので、その問い掛けるように乗せるように、オレも尋ねる。


「まさか!実は、あいつらとは昨日までの内に遊んでたんですよ。明日だと次の日に響くんで今日の内に坂城さんと遊んでおきたいな。と思って」

「そっか。ならいいんだ」

「何を心配してたんですか……。まぁ、大体想像つきますけど」

「多分、篠ノ井君の考えてる通りだと思うよ。大人の余計なお節介ってやつかもね」


学生の内は仲間と出来るだけ思い出を作っていてほしい。だから、こういった特別な日こそ、東信達と遊んでいてほしかった。

彼に遊びに誘われた時、一番初めに思ったことがそれだった。そして、それがお節介だということも。
実際彼は自分との遊びも、彼等との遊びもきちんと計画したう上で実行に移していたのだ。
オレの心配はただの杞憂に過ぎなかったということだ。
そのことを聞いて、安心したのと同時に嬉しく感じた。
いつも機械ばかり弄っているオレの所へ遊びに来る彼が、この日にも遊びに誘ってくれたことが。
もちろんオレだってそれなりに予定はあったけれど、それでもああして誘われてしまえば喜んでその誘いを受けるしかなくて。


「(篠ノ井君には、本当敵わないな…)」


子どもの様で大人な、目の前の彼に分らない様に苦笑を一つ。
すると身震いを一つした篠ノ井君が、オレの手を取り歩き出そうとする。


「さ、立ち話もここまでにしましょう!時間がもったいないですよ!それに、……いい加減寒いんで…」

「ははっ!そうだね。じゃあ今日一日、エスコートよろしくね?篠ノ井君」

「はい!任せてくださいっ!それじゃあ、クリスマスデート出発!」


そうしてぐいぐいオレの手を引く篠ノ井君に歩くスピードを合わせながら、オレ達は駅を後にした。



















それからは本当に色々なところを巡った。

まずは娯楽を求める人で賑わう、篠ノ井君の大好きなゲームセンターやお気に入りだという雑貨屋で遊んだり、買い物をしたりした。
そして昼食は彼の提案に乗り、彼の奢りで近くのファストフード店でランチ。
午後も陽が高い内は色々な場所を巡ったりして過ごした。

そんな長いようであっという間だった一日も、既に終わりに近づいていた。
外を歩くオレ達の周りには、クリスマス用に飾り付けられたイルミネーションが街灯を多い、夜空を明るく照らしていた。


「年の瀬だから陽が落ちるのも早いね〜。それに、今日は一段と寒いかも…」

「でも結構人通りは多い方ですよね。やっぱりクリスマスだからカップルが多いですけど」

「確かに。それに、寒いから一段とくっ付いてるしね」


互いに白い息を吐き出しながら、人の波を掻き分けて歩く。
次々に流れてくる人の波を避けるのは大変だったが、すれ違う人皆が笑顔なのを見ると、関係ないこちらまで幸せな気分になってくる。

クリスマスだから街の通りにはカップルが多く、どことなくピンク色な空気が見えるようだ。

けれど篠ノ井君が「この次に行く場所で最後です」と言って今も案内されている目的地は、どうやら人通りの少ない場所らしい。
先に進む度に人の数が少なく、また街灯の灯る間隔も広くなってきており、静かな風の音だけが目立つようになってきていた。


「着きましたよ。ここです」

「……綺麗、だね…」


歩を進めるにつれ口数が少なってきていた彼がようやく口を開き、オレと隣り合うように肩を並べ指差した先に広がった光景に、オレは瞬時に見とれありきたりな感想しか述べることが出来なかった。

今オレ達の前に広がるのは暗闇の中に広がる街の街灯と、その隙間を縫う様に点灯するイルミネーションの光り。
周りに人はおらず、この光景をほぼ占領しているといってもいいこの状況にオレも篠ノ井君も暫くは互いに言葉を発することは無かった。


「前に一度ここから眺めたこの景色が綺麗で。次は絶対坂城さんも連れてこようと思ってたんです」

「そうだったんだ……。じゃあ、今日遊びに誘った大半の理由って…」

「はい。九割方はこの景色を一緒に見たかったからです」


そうしてしばらく二人で景色を眺めた後、近くに設置されていたベンチに並んで腰かけてから彼はほうと息を吐き出しながら言った。
その口振りから彼の本当の目的を知ったオレが確かめるように彼に尋ねれば、彼は寒さで頬を赤くさせながらふわりと笑った。


「ありがとね、篠ノ井君」

「どう、いたしまして」

「でも、オレばっかりが貰いっぱなしっていうのも悪いからね。……コレ、篠ノ井君にあげる」

「?なんですか、コレ」

「開けてみてよ。オレから篠ノ井君へのプレゼント!」


そんな彼に再度礼を述べてから、オレはバッグに忍ばせていた丁寧に包装された包みを取り出し、彼の掌へ乗せる。
その包みを凝視する彼にプレゼントだと言って開けるよう促せば、彼は何が入っているのだろうと目を輝かせながらけれど丁寧に包装紙を解いていった。


「……あ、マフラー……」

「そ。オレ達が遊ぶ時って篠ノ井君って制服でいる時が多いだろ?いつも首元が赤くなってて寒そうだなっと思ってたから…。他にも手袋っていう候補があったんだけど、あれって結構種類が多いからさ、何が好きか逆に迷っちゃって……」


包装紙から出てきたのはふわふわとしたマフラー。
午前中に立ち寄った雑貨屋で、彼に内緒でオレがこっそりと購入した物だった。
デザインは大人っぽいものであったが、決して彼のイメージとはかけ離れていない柄であるようにと慎重に選んだ物だ。

それを選んだ理由を述べながら彼の手からマフラーを取り、その首元にふわりと巻いてやる。
私服にも合うようにと選んだそれが想像よりも似合っていたことに満足げに微笑めば、彼はくしゃと顔を歪めて笑っていた。


「やっぱり、坂城さんには敵わないや…」

「え?」

「今日くらいはずっと主導権を握れると思ってたのに、最後の最後でいつも通りになっちゃいました」


いきなり何を出だすかと思えば。声には出さずに心の中で呟く。

でも、彼の気持ちが分からないわけでも無い。
きっと、彼なりに気にしていたんだろう。

子供な自分と、大人なオレ。
そのどうしようもない距離と、経験の差。

精一杯背伸びしてでもオレを喜ばせたい。


「(馬鹿だな…。そんなこと気にしなくても、オレは十分君に喜びを貰ってるよ)」


これも、声には出さない。

それは、彼の大人になりかけているプライドを守る為。


「メリークリスマス、篠ノ井君」

「メリークリスマス、坂城さん」


未だ悔しそうに口を窄ませる彼の頭を撫でながら、オレはそっと囁いた。
そしてその言葉を拾った彼がようやく微笑みを浮かべながら、同じ言葉を呟く。



(来年も、また遊びに行こう)



この、特別な日に。


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