※櫂アイだけど、アイチ→櫂










「(好きだよ。櫂君)」


少し前を歩く自分より大きな背中に向かって、僕は心の中で小さく呟く。

もちろんそれに対する彼の返事なんて返ってくるわけではない。
だって、その言葉を音にした時だって返事なんて返ってこなかったのだから。


だから、不安になるんだ。


目の前の彼、櫂トシキという人間は四年前に初めて出会った時と比べ、格段に口数が減っている。
せめて表情だけでも感情を探ろうとしても、端正な顔は滅多に動きを見せない。

元より目元がキツく冷たい印象を持たれる彼は、黙っていると怒っているのかと勘違いしてしまう程だ。

幼い頃に虐げられた過去を持つ僕にとって、その表情はトラウマに近い。
例え自分が何もしていなくても、謝罪の言葉を述べてしまうほど。

彼の表情を逐一拾いそうして縮こまる僕を見て、櫂君は何を思うのだろう?
鬱陶しく感じるのだろうか?


「(でも、僕達は“恋人”…だよね?)」


少し歪で、ぎこちない僕達の恋はつい最近になって始まったばかりだった。
きちんと告白し、互いに同意した上での付き合いだというのに、僕達二人の距離は以前と同じまま。

僕達を見た人皆が、口を揃えて言うだろう。


『僕ばかりが、櫂君を想い、追いかけている』


それは、僕が一番感じていることだった。

友達として、そして新たに恋人として櫂君に近付けば近付くほど、彼が遠くなるような錯覚に陥る。
息が切れるほどに走って追いかけて、手を伸ばしてもすり抜けていくかのようなあの虚しさ。


「(ねぇ、櫂君は本当に僕のことが好き?)」


たった一歩、その言葉を口にして彼に伝えるだけなのに、突き付けられてしまうかもしれない現実が悲しくて。
その言葉を音にすることが怖いんだ。


俺もお前のことが好きだ。という言葉を望んでいる僕。
俺はお前が嫌いだ。という言葉を恐れている臆病な僕。


鏡合わせのように相反する二つの心の間で立ち竦んでいる僕は、泣きたい気持ちを堪えて君の傍に立っているんだ。

そんな風に考えているからか、最近は僕自身の想いさえもあやふやになりはじめている。

四年前、一人ぼっちだった僕に光をくれたのは櫂君だった。
その時に感じた憧れのようなものを、恋と勘違いしているのではないか?
彼なら僕を受け入れてくれるのではないかという気持ちを、愛と勘違いしているのではないか?

一人ぼっちが嫌で、味方が欲しくて、居場所が欲しくて。
彼の傍に居ることを望んでいるのではないか?


「(助けて、櫂君)」


そんな想いに押し潰されそうになっている僕を。
本当は聞きたいのに、怖くて聞けないでいる僕の心を。


僕のこの想いが、まだ綺麗な恋である内に。


涙で霞み、歪む彼の背中を見ながら願う。
瞳を閉じ涙を流す僕を、辛そう表情で見ている彼の心も知らないままで。



(お願い 声にならないちいさな声に いつか気づいて)



「アイチ、お前に言いたいことがある」