※闇アイチ×アイチ
※闇アイチとアイチは別人格設定









『また、泣いてたんだね…』


ボクと彼の二人しかいない空間に、ボクの声だけが小さく響く。
二人と言っても、正確には彼が本体でボクはその彼から生まれた謂わばもう一つの人格であるから、この空間に居るのは実質一人なわけだ。

ボク達の周りには他に何もなく、暗く先の見えない闇が四方に広がるばかり。
その異質とも呼べる精神空間に、ボク達は浮いていた。

けれどボクの目の前に浮かぶ人間に意識は無い。それは、彼が現実世界で眠りに就いているからだ。

無い地面を蹴って、二人の間に出来ていた隙間を埋める。
近付いて覗き込んだ僕の顔は哀しそうに眉が下がり、頬には涙を流していたのだろう。涙の筋が出来ていた。


『櫂君が抜けたことがそんなに悲しい?それとも、彼に“この力”を認めてもらえなかったことが悔しい?』

乾きかけている涙を拭いながら問い掛ける。
まあ、答えが無いことは百も承知だし、そんなこと態々問い掛けなくても相手は自分自身なのだ。答えは既にボクの中にある。


『真っ直ぐ過ぎるんだよ、僕は……。だから他人よりも深く傷付くんだ…』


頬を拭っていた手を柔らかな蒼髪へ滑らせる。
そうしてさらさらと髪を弄びながら吐き出した声は、苦虫を噛み潰したような声だった。

別に櫂トシキが嫌いなわけではない。根底ではボクだって彼をすごく尊敬している。
彼が僕にあのカード、<ブラスター・ブレード>をくれなければ僕はあの鬱々とした世界から抜けることも、ボクという存在も生まれることが出来なかったのだから。

そして櫂トシキはボク達、先導アイチにとっては憧れであり、目標であるからだ。

けど、彼を追いかけながら傷付き涙を流す僕を見てしまったら、そんなこと簡単に思えなくなってしまった。

彼とファイトがしたい一心で、真っ直ぐに、そして純粋に強くなっていった僕に、いつの日だったか、あの櫂は何と言った?


―『今のお前に、俺と闘う価値は無い』


彼にとっては小さな一言、だけれど、僕にとっては今でも心を抉るくらいに重い一言だったのだ。

そんな想いさえもひた隠しにファイトをしてきた僕は、次第に強さを求めるようになった。
そうして目覚めたのが、雀ヶ森レンの言葉にもあったあの力、“PSYクオリア”だった。

けれど、彼はこの力さえも拒絶し、チームから、そして僕の前からも姿を消した。


『……どれだけ、……どれだけ悲しかったと思う?』


君に認められたくて、君ともう一度楽しくファイトしたくて頑張ってきた僕が、その言葉と、その行動で、どれだけ傷付いたと思ってる?!

そして憔悴した僕を力へ溺れさせ、闇へと誘ったあの男、雀ヶ森レン。

あの男は僕に対し以前は酷く敵意を剥き出していたにも関わらず、再び僕の前に姿を現し闇の力を与え、溺れさせた。
その真意が掴めないからこそ、ボクを生むきっかけを作ってくれたことに感謝はしているが好きにはなれなかった。


『もう、いい加減にしてくれないかな……』


僕は櫂トシキの飢えを満たすオモチャでも、雀ヶ森レンの暇つぶしになる便利な道具でもない。
二つの存在に必要以上に翻弄されるなんて、まっぴらごめんだ。

僕は僕だけの、そしてボクだけのものだ。

それは、自我を持つ人間にとっては至極当たり前の感情だったけれど、僕の涙を見つめる度にボクのその想いは別のモノへと昇華されていった。


『“愛してる”から、守りたいんだよ、僕……』


自身と寸分違わぬ顔を見つめてから、薄く開いた唇へ自分の唇を重ねる。
冷たい自分の唇とは違い、僕の唇はとても温かい。
そうしてそれ以上深く唇を合わせることはせず、ボクは直ぐに唇を離した。


『櫂トシキにも、雀ヶ森レンにも渡さない。……もちろん、“あの剣士”にだって……ね』


力なく浮かんだ僕の身体を絡め取るようにキツク抱き締める。
そうすることで少しだけ和らぐ彼の表情に安堵の息を吐く。

ボクだけにしかできない、僕の心を軽くする方法。

歪んだ自己愛だと、誰かは嗤うかもしれない。
けれど、それでいいのだ。

ボクは彼を守る鎧であり、彼に害をもたらす者を蹴散らす為の心の剣なのだから。



(だから、君もボクに溺れて?)



けれど結局は、ボクも彼を手に入れたいだけの、欲望に塗れた一人の男なのだ。