※アニメ42話後の妄想
※呼称は漫画より
※櫂君に厳しめなので注意









『マイヴァンガード』


それだけ言って、私は頭一つ分ほど下にある彼の唇へ自分の唇を重ねた。
敬愛にも、そして親愛にもとれるそのキスをする時は、まるで時間が止まったかのような錯覚さえ覚える。

けれどこれが現実だと、彼の唇の熱が、抱き締めた男にしては華奢な身体の暖かさが物語っている。
私達が秘密の逢瀬を過ごす頭上では、スターダスト・トランぺッターの吹くトランペットの音色がキィンと甲高く音を立て、青空へ響き渡っていた。


ここは惑星クレイに存在する我ら聖騎士団が所属する国家、《ユナイテッド・サンクチュアリ》。


本来なら我等の先導者である目の前の愛しき少年、先導アイチが存在する世界とは異なる場所。
なら何故、彼はこうして今クレイの大地に立ち、私の口付けを甘受しているのかということになる。

答えは、彼が内に眠らせている“不思議な力”が原因であろう。

予兆があったのは彼が私達の仲間が眠る場所、“カードショップ PSY”で出会った赤髪の青年、確か、名は雀ヶ森レンと言ったはずだ。
その青年の“力”に呼応したのが、彼の力の目覚めだったのであろうと私は考える。




















コト…

静かな音と共に、私達の身体は彼の手によって机の上に置かれた。
しかし、いつもは机の中央に置かれていた私達が今日置かれたのは、視界に入りにくい机の隅。

それはまるで私達を拒絶するかのような置き方。

そんな私達が描かれたカードを見下ろしている彼の表情は俯いてしまっているせいで分らない。
ただ、彼の身から発せられる空気が負の感情で満ちていることだけは分かった。


「櫂君が……、チームを抜ける……なんて……」


不意に零された言葉の音は、酷く低く掠れた声だった。
それは絶望に落とされ、沈んでいく様を表しているかのような哀しい響きを持っていた。


櫂トシキ。

私の前の所有者であり、当時ボロボロだった幼い彼を光へ導いた先導者。
四年前までの明るかった雰囲気はすっかりなりを潜め、今では他者を寄せ付けぬ冷たい空気を纏っている青年を、彼は慕っていた。

彼が今まで私を手放さなかったのも、ひとえに彼とファイトすることを楽しみにしていたからである。

どんなに冷たくされようが、跳ね除けられようが、彼はただひたすらに彼とのファイトを夢見ていた。

だが、その青年が今日チームを抜けた。


―『お前は弱くなった』


その拒絶と共に放たれた言葉を受け止めた彼は、こうして家に帰っても俯いたまま、今にも泣きそうな顔を歪ませていた。

無愛想で不器用な青年の、口数と説明が少なすぎる言葉を理解するには彼はまだ幼すぎた。
青年の意図とする言葉を理解出来るがゆえに、私はこの二人がここまで来て分り合えていないことに歯痒さを感じている。

けれど、私は彼に気の利いた言葉さえも掛けてやれない。
否、何故か“私の声だけ”が彼に届かないのだ。

かつて夢のような秘密の逢瀬で触れられた手は空を掻き、呼びかけた声は風に攫われる。
『マイ、ヴァンガード…』


彼を見上げながらぽつりと零した声さえ、彼は拾えない。


「なら、もういいよ………。櫂君なんて、いらない」

『………っ!マイヴァンガード、何を……っ!!』


すると、ぎらりと瞳に怪しい光を湛えた彼が私達を見据える。
同時に発せられた言葉は地を這うように唸り、憎悪に溢れていた。

憧れだと言って目を輝かせていたかつての彼の面影など微塵も感じさせないその表情に、吐き捨てられた拒絶の言葉に、私は言葉を失った。


―『お前が、憎い……っ!!』


その彼の姿が、かつて私とこの名を奪い合った黒き剣士、シャドウパラディンの<ブラスター・ダーク>と重なる。

勇気の剣が求める力を発揮できず負の感情を増幅させた彼は、黒き覚悟の剣の切っ先を向けながら私にそう言った。
元は私と同じ白い兵装だった鎧を漆黒に染め、歪んだ笑みを浮かべた彼の顔と、目の前の愛しき少年の顔が重なり溶け合う錯覚を覚える。

このまま彼を放っておけば、いずれブラスター・ダークと同じ道を進んでしまうだろう。

その先に希望などない。
あるのは、果てしない憎悪と悲しみの連鎖だ。


『マイヴァンガード!』


私は声を荒げ彼の名を呼ぶが、やはり彼は歪んだ笑みを浮かべえるだけで反応を返すことは無い。だが、今度は違った。


『マイヴァンガード!』

『先導アイチ殿!』


私の横に立つようにして並んだ仲間達の呼び掛けさえも、彼に届いていないのだ。
不安そうに鳴くハイドッグ達や、騎士達の声さえも届かない。

それを見ていた聖なる龍さえも、悲鳴のような咆哮を辺り一面へ響かせるほどに哀しんでいる。


『…………』


これ以上彼の壊れた姿は見たくない。
歪んでしまった彼の、そして、悲痛を訴える仲間達の姿などもう見たくはない。


以前の様に目を輝かせ、この世界を愛する彼に戻ってほしい。


そして、あの青空の下で抱き締めてキスをしたい。
愛してると囁いて真っ赤になった彼の顔を胸に埋め、優しく抱擁をしたい。

きっと、今の彼には慕っていた青年の言葉や同じチームの仲間の声は届かない。
けれど、ここで誰かが彼の手を取り、光へ導いてやらなければ彼は深い闇へ堕ちてしまう。だけど、そんなことなど絶対にさせない。


『待っていて下さい、マイヴァンガード。…いや、先導アイチ殿』


四年前の青年が貴方の先導者になり光へ導いたように、今度は私が貴方を光へ導きます。

そして、今度こそ貴方を光の道へと繋ぎとめてみせます。



(さようならを始めよう)



もう傍観者ではいられない。