「………」

「おい、」

「………」

「おい、何か言ったらどうなんだ」

「なんでお前がここにいるんだよ!」


オレの目の前には相変わらず愛想の無い悪い顔をした赤髪の少年が一人。
こいつはつい最近ポケモンバトルを通して知り合ったライバル(?)みたいなものだ。
だが、残念なことにオレはこいつにファーストキスを奪われてしまっていたりする。


「(最悪だ!…最初はマリナと、って決めてたのに!)」


例えマリナと出来なくたって、まかり間違っても男とキスすることなんて誰が想像できるかよっ!

そんなことがあったから、ここ最近はコイツがいそうなところを避けていたんだけれど、今日は運が悪かったのかポケモンセンターの前でバッタリ会ってしまったのだ。

もちろん、オレはすぐさま逃げようとしたさ!

だけれど、踵を返すよりも先に奴に捕まった。
それから数十分。ポケモンセンター内の片隅でオレは沈黙を貫き通していたが、痺れを切らしたアイツが話しかけてきた。
くそっ、なんだってコイツはこんなにオレに構うんだよっ!


「俺がどこにいようと勝手だろうが…。それより久々の恋人同士の再会だというのに、随分と素気ないものだな…」

「い、つ!オレと、お前が!恋人同士になったんだよ!!」

「忘れたのか?あんなに熱いキ…」


「わーーーーーっ!」


いくら施設の片隅とはいえ、いつ人が通るかも分からないような場所でしれっと答える奴の口を慌てて塞ぐ。

少しは世間の目を気にしろよ!


「ふぁにをふる(何をする)」

「ここはほかのポケモントレーナーもいるんだぞ!少しは恥じらいを…」

「…あれ?ケンタじゃない!」


口を塞いだまま、奴に注意しようとした時不意に後ろから声を掛けられた。
顔だけ動かして後ろに振り返れば、そこにはオレと同じ時期にワカバタウンから旅立った、アイドルトレーナーを目指し、オレが密かに想いを寄せている少女、マリナがいた。


「マ、マリナっ!どうしてここに!」

「私はつい最近この街に来たばっかりでさっきまでこの近くでワニワニ達とトレーニングしていたの。ケンタこそどうしてこんなところに?てっきり私より先に進んでいると思ったのに…」

「い、いや〜。これには深い訳が…」

「あれ、そっちの子は誰?知り合い?」


マリナはひとしきり喋ったあとに、オレの奥にいた奴に気付き声を掛ける。
出来ればコイツの話題は避けたかったけれど、聞かれたのなら仕方ない。


「あ〜、知り合いっつうのかな…?」

「そうなんだ。私はマリナ!ケンタとは幼馴染で、アイドルトレーナーを目指してるの!…あなたの名前は…?」

「おい、ケンタ。お前はコイツが好きなのか…?」


…………


「……はぁっ!」

「え…?」


さっきまで話の絶えなかったオレの周りの空気が一瞬にして固まるのを肌で感じた。
爆弾を落とした当の本人は至極真面目に、そして不機嫌さを微塵も隠さずにマリナを睨み付けている。

いきなり何を言い出すんだコイツは!見ろ、マリナ固まってるじゃねぇか!!
とにかく、話題を逸らさないと。


「ご、ごめんな、マリナ!コイツちょっと変わっててさ…」

「質問に答えろ、ケンタ。お前はコイツが好きなんだろ?」

「お前は少し黙ってろって!」

「…否定しないってことは、肯定として受け取っていいんだな。…お前、マリナと言ったか?この通り、ケンタはお前のことが好きらしいが、今はもう俺のものだ。肝に銘じておけ」


ぐいっ


「…ぅわっ!」


未だマリナが固まっているのをいいことに、目の前の少年は今までにないほど饒舌に捲し立てたかと思ったらオレは急に強い力で身体を引かれ、そして


「んーーーーーーーーっ!」


また、キスをされた。

最悪だ。しかも今度は公衆の面前で、それにマリナの目の前で。
一体オレが何したって言うんだよ。

ちらりとマリナを見ると、下を向きわなわなと震えながら、徐に腰に下げていたモンスターボールを取り出し、キッと奴を見据え、


「…いやーーっ!ケンタになにするのよ?! ワニワニ、『みずでっぽう』!あの赤毛にダイレクトアタックよっ!」


自身の相棒であるアリゲイツを繰り出し、『みずでっぽう』を奴目掛けて放った。


「……ちっ」

「うわっ!」


けれどアイツはアリゲイツの技を当たる直前にするりと躱し、同時にオレを乱暴に突き放した。


「…乱暴な女だな」

「あんたこそケンタになにするのよ!」


床に尻餅をついたままのオレを置き去りにして、二人は睨み合う。
周りは騒ぎを聞きつけたギャラリーが集まりだしてきているのか、ざわつきはじめた。

お前ら、少しは落ち着いてくれ。


「キスだよ。恋人同士なんだから、していたって不思議じゃないだろうが。それに、お前にとやかく言われる筋合いはない、とっくにケンタは…」


あぁ最悪。本当に最悪だ。
こんなところでも空気を読めないアイツに、そして同レベルで張り合う思い人である少女に対し、オレは気が遠くなってきた。



(「もう、俺のモノなんだよ!」)



「分かったか!」