「お前がこの俺に“パーレイ”を求めた人間だな?」 「………はい」 「そう身構えるなって。お前の要求を通すまではこっちも手出し出来ねぇからな。……しっかし、負けた場合の要求まで述べたのはお前が初めてだぜ?しかも、勝った場合は二度この海域に近付くな。で、負けた場合がこの船に二度と手を出すな。ってか。……調子良すぎ」 「……っ」 そういってニヤリと不敵に微笑んだ海賊、グリーンは言った。 その周りにはこの交渉の行く末を見守る海賊達が立ち並んでいる。 ―『さあ、お前達を取り纏める船長(キャプテン)に会わせてもらおうか』 そう発したオレを暫く見つめてから、やがて目の前の海賊は諦めたように溜息を吐き、懐から隠し持っていたのであろう銃を空に向かって撃った。 その銃声が辺りに響いた瞬間、今まで響き合っていた剣同士の摩擦音や銃声はピタリと止んだ。 『パーレイだ』 続けて高らかに放たれた言葉を聞いた仲間は訳が分からず急に動きを止めた海賊達に目をやるが、当の本人たちの意識と視線は全てオレに向けられた。 『オレの要求を呑んでもらうまで、この船と仲間には手を出すな』 『分かった。なら、大人しくついて来い』 その視線を受け止め、海賊達の群れに囲まれながら、この船の隣に泊められた海賊船へと乗り込んだ。 そうして通された広い甲板に、奴は居た。 豪華な椅子にゆったりと腰を下ろし、海賊とは思えないほど華奢な装飾が施された重苦しい衣服を身に纏った彼は、なるほど確かにキャプテンとして相応しい面構えをしていた。 『初めまして、俺がこの船のキャプテン、グリーンだ』 『初めまして、オレは、ゴールド』 海賊らしくない柔らかい雰囲気が、よりオレを緊張させる。 彼から視線を外し商船の方へと視線を向ければ、確かに彼らはオレとの約束を守ってくれており、甲板から心配そうにこの交渉の行く末を見守る仲間達が見えた。 そうして彼が確かめるように問い掛け、今に至る。 「本当に、オレなんかの要求を呑んでくれるんですか?」 「当り前だ。いくら粗暴と評判の海賊でも、掟はしっかりと守るもんだぜ。それが、例えこちらに不利な要求だとしても、な」 「よかった…」 「ただし、」 念を押すようにこちらからも問い掛ければ、彼は信用してもらっていなかったことがお気に召さなかったのだろう。呆れたように言葉を紡ぐ。 それにほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、彼はそこで言葉を切り、先ほどの柔らかい雰囲気を消し去り言う。 「その要求を呑むには一つ条件がある」 「………決闘、ですね」 「その通り。頭の回転が速い奴は嫌いじゃないぜ」 ニヤリ。またも不敵に微笑む彼は、豪華な椅子から腰を浮かせ、重苦しい上着を脱ぎ捨てた。 そうして身軽になった彼が腰から引き抜いたのは、銃身が長いリボルバー拳銃、通称「コルト・パイソン」と呼ばれる代物。 既に臨戦態勢になった彼の周りを、まるで円を描き決闘場を作るかのように海賊達が場所を空ける。 いつの間にか自分の後ろにぴったりとくっ付いていた海賊達も、自分から距離を取っていた。 『やるしか…ないっ!』 十分予想できた状況じゃないか。何を今更怖気づいてる! そう自分を奮い立たせ、仲間を守る為に自身も腰から「フルーレ」と呼ばれる細剣を引き抜いた。 「あいつ、キャプテンに“フルーレ”で挑むつもりかよ!」 「こりゃ勝敗は見えたな。キャプテンの圧勝だぜ!」 途端、周りの海賊達からからかいの野次が飛ぶ。 「おい、これはお前らが普段やってる剣術ごっこじゃないんだぞ。俺をからかってんのか?」 野次と同時に目の前の彼、グリーンも険しい顔をこちらに向け、まるで馬鹿にするなとでも言いたげな言葉を向ける。 「からかい半分でオレがコイツを使うとでも?」 こちらだって本気だ。そうでなければ初めからこんなら命を捨てに行くような真似はしない。 ギロリ、とその意志を伝えるように睨みつければ彼も何かを感じたのだろう。それ以上は何も言わず、ふっと笑みを零して構えた。 「その様子じゃ何か策でもあるんだな。楽しみにしとくぜ」 「ええ。満足させてあげますよ」 「行くぜっ!」 「っ!!」 そうして踏みオレに向かって飛び込んできた彼へ、オレはフルーレを構えた。 キィンッ! 銃の柄と細剣の切っ先が擦れる音が響く。 互いに弾くように間合いを取って、乱れた呼吸を整える。 「なかなかやるじゃねーか」 「どーも…」 「そのフルーレも一般に流通しているような物じゃねぇってこともよく分かった。それ、特注品だろ」 「さすが、武術に長けているって言う噂は本当だったんですね」 互いに乱れた息の荒さは同じ。勝負は今の所五分五分の瀬戸際だ。 そんな中、グリーンは自身に向けられたフルーレの切っ先を見ながら挑発するように言葉を零す。 その言葉に、こちらも挑発するように言葉を返して、再度彼へと剣の狙いを定めた。 先ほどまでこのフルーレで戦うことを馬鹿にしていた海賊達も、戦いが始まって数分後には二人の決闘に言葉を失っていた。 フルーレは元はレイピアを真似た“突き”が主流の細剣の一種だ。 レイピア等に使われる装飾を施され、鎧の隙間を狙う為に作られた剣で、“切る”ということには向いていない代物だった。 けれど、オレはその剣に使われる刃の部分を一般の物とは違う素材を使うことによって、切ることも可能にした。 かつて荷を運んだ港町で栄えていた武器屋で見つけた刀。それがこのフルーレにも活きている。 その刀は芯があり折れにくく、さらに外に剥き出しになる鉄で切れ味をつけることによって“防ぐ”、“砕く”ことも可能にした武器だった。 その性質に魅せられたオレはすぐさまその武器屋に品を卸す職人に特注でこのフルーレを作らせた。 実戦で使うのは今日が初めてだったが、使いこなせるように特訓した成果が出ていることに満足だった。 海賊達も小さな商船の船員がここまで自身のキャプテンと互角に戦えるとは思ってもいなかったのだろう。 しかし、それもここまでだ。 多分、次で彼は決めてくる。 「………っ」 なら、オレもこの次で決めなくてはいけない。 自然と柄を握る手に力が籠る。 「はぁっ!」 「っ!」 それを狙ったかのように飛び込んできた彼に最後の突きを決めようとした、その瞬間、 ド クンッ 「っ!?」 「もらったぁっ!!」 「ぐぁっ!」 またも首から下げた首飾りが大きく脈打ち、不意に動きを止めることになってしまった。 そんな一瞬の内に出来た隙を逃さなかった彼は、隠し持っていた小型のアーミーナイフでオレの胸元を裂く。 肉を抉られるまではいかなかったが、来ていた制服の胸元は見事に裂かれ、下げていた首飾りが太陽の下に顔を出した。 それが陽の光を浴びて輝くのと同時に、切りつけられた衝撃でオレは後ろへ勢いよく倒れ込んだ。 その首飾りを見た彼が、厭らしく目を細めたことを知らずに。 「俺の、勝ちだ」 「がはっ!……うぁ、……は、」 甲板の床に転がり倒れた衝撃に噎せるオレの喉元に拾い上げたフルーレ突き付け、彼は高らかに言い放った。 瞬間、耳を劈くような雄叫びが辺りを包むが、オレはそれをどこか遠くに聞いていた。 「そう言えば、俺が勝った場合の要求を言い忘れていたな。教えてやるよ」 「……何なんです、っ!?」 未だ騒がしい外野を無視し、要求を述べる彼の言葉の先を促そうとした時、大きな衝撃と共に船が揺れた。 その衝撃に身体を揺らされながら何事かと辺りを見回せば、先ほどまで騒がしかった海賊達はそれぞれの持ち場につき、船の帆を広げ、商船との距離を取り始めていた。 「ゴールド、早くこっちに戻って来いっ!!」 ゆっくりと離れていく商船に乗った仲間が叫ぶ。 その言葉に弾かれる様に身体を起こそうとしたが、またも剣の切っ先に動きを止められた。 「どこに行こうって言うんだ?まさか、あの船に戻れるとでも思ってたのか?」 「っ!? どういう、ことですかっ!」 どんどんと距離を離される商船を横目に、キッと彼を睨み付ける。 「俺が勝った場合の要求はな、『お前をもらう』こと、だ」 「!? それって……ぐぅっ!……ぁ」 そんなオレの言葉に信じられない言葉を放った彼の顔は、まるで仕留めた獲物は決して逃がさないと決めた獰猛な獣のような顔をしていた。 その言葉の意味を理解しようとした時、鳩尾に強く叩きこまれた拳に、オレの意識はブラックアウトした。 「やっと、見つけたんだ。もう離さないからな」 気を失いぐったりと倒れ込むゴールドの身体を姫抱きにしたグリーンは、彼が首から下げる首飾りを掌へ広げた。 自身の手に収まった時、それまで金色の輝きを放っていた首飾りは深い緑色を強く滲ませ、淡く光った。 それは、その首飾りが持ち主“グリーン”の元へ帰って来たという証。 そして、この瞬間それを身に着けたゴールドは“彼のモノ”になったという証。 そう、この首飾りを付けた人物こそがこの海賊船が、そしてグリーンが探していたモノだったのだ。 太陽が欲しかった。 誰にでも平等に生を与えるその輝きが。 それが今、やっと自身の手の中に堕ちた。 嬉しくて嬉しくて堪らない。 くくっと喉を鳴らして笑う彼の声が、広い海に高く響いた。 (緑の王は金の華を摘む) その後、その海域に海賊船が現れることは 二度と、無かった。 |