「そうか、ヒトカゲだったのか」 俺の腕の中でじたばたと暴れているヒトカゲをちらりと見てグリーン先輩は言った。 『そういえばお前、空を飛べるポケモンを持っていなかったな』 つい先日のこと。 カントーに来たついでにグリーン先輩の居るトキワのジムに寄った帰りに、突然そんなことを聞かれた。 『はぁ……まあ、そうスけど』 一応、マンたろうは持ってるけどマンタインは本来は海の中のポケモンだから、長時間の飛行は出来ない。 だから、こうしてカントーに来る時は、いつもワカバからコガネに行って、リニアに乗る必要がある。 『それじゃあ、このタマゴを孵して欲しい』 そう言って手渡されたポケモンのタマゴ。俺が触れた瞬間、ぱぁ、とわずかな光を放った。 『頼んだぞ、“孵す者”』 『――分かりました』 孵す者。それはオーキド博士から貰った、俺の代名詞。ちなみにグリーン先輩の代名詞は、育てる者。 今までも、こうして時々タマゴの面倒を頼まれることは何度かあった。 性格が性格だから向いてないんじゃないかと思うこともあるけど、生まれて来たポケモンを見ると悪い気分はしない。 ジョウトの俺の家につく頃には既にタマゴは孵る直前で、部屋にこもってしばらく抱いていると、ぱりぱりとからが破れて、そして生まれたのが、今俺の腕の中に居るヒトカゲだった。 空を飛べるポケモンを俺が持っていないことと、タマゴを孵すことが何の関係があるのかとさっぱり分からなかったけど、今になってようやく分かった。 ヒトカゲは進化すればリザードンになる。炎タイプにさらに飛行タイプがつくからだ。 「やっぱり、お前に頼んで正解だった。お前が孵したポケモンは、なんだか生き生きしている」 普段あんまり褒めたりしない人だから、こうして時々ストレートに褒められると照れてしまう。 それじゃあ、とヒトカゲを渡して帰ろうとすると引きとめられた。 「このヒトカゲはお前が育てろ」 そう言って再びヒトカゲは俺の腕の中。 ヒトカゲ自身はどっちでもいいらしく、とにかく元気にじたばたと暴れている。 「えっ……俺、孵すだけじゃあないんスか?」 てっきり俺は孵すだけで、育てるのは先輩がやると思ってたから、変な声が出た。 「孵したのはゴールドだろ?したがってこいつのおやはお前だ」 「カゲッ」 返事をしたのは、腕の中のヒトカゲ。 「それに、リザードンまで育てればジョウトからカントーに来るのが楽になる」 ……でも、俺はやっぱり育てる者であるグリーン先輩が育てた方がいいとは思う。 こいつが嫌いだとか、そういうわけではないんだけど。つーか、可愛いに決まってるだろ?孵したのは俺なんだし。 流されるようにその場で育てる、と約束してしまったはいいものの。 何がそんなに嫌なのかって、簡単に言えば育てる自信がないから。 時々様子を見たい、って言ってたし、ちゃんと育てられるかどうかなんて分からない。 毛布の上で丸まって寝息を立てるヒトカゲをなでながら、思わずため息が漏れた。 それからグリーン先輩から連絡があったのは間もなくのこと。 間もなくっていっても2週間くらい間はあったわけだけど、まだヒトカゲのままだったからもちろん慌てた。 あれから何かが俺の中でひっかかっていて、遊ばせてはいたけど育ててはいなかったわけで。 何か適当に理由を作って断ろうなんて考えたけど、とっさに俺の口から出た返事は「はい」。 とぼとぼ、なるべくゆっくり歩いて来たつもりがすでにジムは目の前。 引き返すなら今のうちだ。けど、そんなことしたらきっとあとが怖い。 それに、ボールの中のヒトカゲがじたばたと急かして来る。 ――気が重いのは、こいつを育ててないからだけど、なんでこんなにも育てたくないのか。 まだ進化していないこいつを見て、グリーン先輩は多分ため息交じりに「まだヒトカゲなのか」って言うだろう。 先輩に会うのは楽しみだけど、そう言われると思うとやっぱり足が進まない。 『リザードンまで育てればジョウトからカントーに来るのが楽になる』 つまり、会いたい時に会いに来れるようになるわけだけど。 多分、理由はそれ。 便利になる半面、俺が帰れないからと一緒に居る理由がなくなるから。 リザードンまで育ててしまったら、様子を見せるのを口実に会いに行けなくなるから。 ……なんつーか、すげー女々しい理由。 俺の性格上、そんなの言えるわけもなく。 「カゲッ、カゲッ!」 ボールの中のヒトカゲに促されるようにして、俺は再び重い足を進めた。 孵す者と、空飛ぶポケモン そんな理由、素直に言えるわけもなく、 「黄金色Soundscape」の響音様より頂きました! ポケスぺは全くの未読で、他の愛読者様からの情報を頼りに何とか話題についていっているのですが、ゴールドが『孵す者』、グリーンが『育てる者』という情報を知った時、「なんて美味しい設定なんだ!」と興奮した記憶があります。 このサイトは多分スぺの作品が皆無だと思われるので、とっても貴重ですね! これからも大切にさせていただきます! 響音様、本当にありがとうございました! |