※個人的な贈り物
※えびちゃんに捧げる!





「不安…なんです…」


彼の身体を押し倒してその上に圧し掛かってオレが放ったのは、たった一言の言葉だけ。

ぽかん。と、オレの唐突な行動を理解しようとする彼の顔は表現するならまさしくそんな感じだった。どうしてオレがこんな行動を取ったのか分らないって顔。

分らなくて当たり前だよ。
だって、こんなこと考えてるなんて絶対に悟らせたこと今まで無いんだから。

オレの恋人であるグリーンさんは、カントー地方にあるトキワシティでジムリーダーをしている。だからポケモンバトルもとても強い。
それに、彼はかの有名なポケモン学の権威であるオーキド博士の孫でもある。
そして、かつてチャンピオンとしてカントーリーグに君臨したこともある人間。

ここまでの肩書に加え、整った顔立ちをしている彼を放っておくような女性がいると思うか?

答えは、否。彼はやはりとてもモテる。

彼のジムはトレーナーというものは誰一人としていない。だが、外に出れば話は別だ。
彼が帰るのを待っていましたと言わんばかりに、彼が外に出た瞬間に周りには黄色い声と人だかりでいっぱいになる。

そんな光景を見て、子供で、彼と同じ男で、いつでも会える場所にいられないオレが嫉妬しないハズがないじゃないか。

でも、今まではこの醜い感情を抑えて、必死に押し殺してきたんだ。
だって、こんなこと考えてるって彼にバレたら、きっと彼に気を遣わせてしまうから。
ただでさえオレは彼よりも年下なんだ。


『オレ以外の人といい雰囲気にならないで下さい』


なんて駄々を捏ねて、これ以上子供っぽいとこなんて見せたくない。

オレは、胸を張って彼の横を歩ける人間になりたいんだ。

でも、どれだけ身体を、心を重ねてもそう簡単に彼に近づける訳がないんだ。
それでも、オレは彼に近づきたくて、彼と同じ景色を見てみたくて。

そんな感情の海の中を愛を求めて足掻いて、もがいて。


「(そうして呼吸が無くなってしまったら、オレは……)」



(自身の生み出した海に沈んで逝ってしまうのだろうか?)



「…ゴールド!」

「っ!?」


そして感情が沈みかけたその時、不意に下の方から聞き慣れた声がオレの意識を現実へ戻す。
ハッとなって声のした方を見下ろせば、“何か”を悟ったような顔をしたグリーンさんが居た。


「……グリーンさ、」

「大丈夫だ」

「!?」

「俺は、お前のことちゃんと見てるからさ、だから」

「うわっ!」


オレは一体どんな顔をしてたんだろう?
自分じゃ確認することなんて出来ないけれど、オレを見上げるグリーンさんの顔がなんだかひどく優しげで。
まるで慰めるような手つきでオレの頬をするりと撫でると、にかっと笑ってそう言った。

そうしてオレが今一番欲しい言葉を言った後、頬を撫でていた手は今度はオレの腕を引いた。
なんの準備もしていなかったオレの身体は、その引力に従って彼の胸の上へと倒れ込む。

グリーンさんはそんなオレの身体をゆっくりと、そして強く、愛おしむように抱き込む。
途中彼の身体から香る若草の匂いが、オレの鼻腔を微かにくすぐった。


「浮かんで来いよ。まぁ、沈んでも俺が助けてやるからいいけどさ」

「……グリーンさん、気付きました?」

「あんな湿っぽい面見て気付かない振りしろ、っつー方が無理。……もうバレちまってるんだ、一度ここで全部吐き出しちまえよ」

「……っ、……ありがとう、ござい…ます……っ」

「どういたしまして」


暖かい彼の身体に包まれて、温かい彼の鼓動と言葉に触れて。
オレの感情の箍はあっと言う間に外れた。

でもやっぱり言葉にはしたくなかったから、ただ彼の服を握り締めたまま涙を流す。
肩を震わせながら嗚咽を零すオレに、彼は何も言わずただオレの頭を優しくあやすように撫でるだけだったけれど。

それでも、オレは嬉しかったんだ。

一緒に歩けなくてもいい、なんて思い始めたりもしている。
だって、もしオレと彼の距離が離れても、先を歩く彼はきっとオレが追い付くのを待っていてくれるから。



(「ああ、俺に任せろ」)



例え感情の海に溺れても、貴方は助けてくれるから。

だから、もうしばらくは、


『このままでいさせて下さい』