※まど☆マギで杏さや ※ケンタさんへ捧げる 「あ〜あ、降ってきちゃったかぁ…」 目の前に広がる雨雲を見つめながら、あたしはがっくりと肩を落とした。 今日に限って天気予報を見なかったことが仇になったのか、あたしの目の前にはザァザァと雨が降りしきる光景が広がっていた。 朝は晴れてたからもちろん折りたたみの傘だって持ってきてない。 それに、今日は日直だったからまどかや仁美達を先に帰らせてしまって今はあたし一人しかいない。 「ほーんと、最悪…」 ちらりと辺りを見回せば、どうやら昇降口にはあたし一人しかいないらしい。 きっと、他の生徒達はあたしと違ってきちんと天気予報をチェックして傘を用意したり、忘れても友達の傘に入れてもらったりしてそれぞれの家路に着いたのだろう。 なんて間の悪い自分。 なんて変にネガティブになる思考を霧散させるようにふるふると頭を振れば、不意に後ろから声が掛かった。 「あれ?さやかじゃん」 「……杏子」 「どうしたんだよ、シケた面して」 「あんたって、ほんと元気よね…」 「アタシから元気取ったら他に何が残るって言うのさ」 「……そういう意味じゃないんだけど」 何かを口に含んだような甲高い声が、あたしの名前を呼ぶ。 その聞き覚えのある声にぐるりと後ろを向けば、そこにはやっぱり知っている人間である佐倉杏子がいた。 杏子はいつも何かを食べている。 そう言っても過言ではないほど、杏子は食に貪欲だ。 ちなみに、今日はどこで買ったのか分らない、けれどみずみずしくそして鮮やかな色を発するリンゴに齧り付いていた。 どうしたと問いかけてくる杏子と目線を合わせる為に立ち上がりそう言えば、またリンゴに齧り付きながら杏子はしれっと答える。 まぁ、あたし自身その受け答えに意味を求めていたわけじゃないから、そうそうにその話題を切り上げて、本題に入ることにした。 「で、どうしたっていうのさ」 「雨降ってるんだけどさ、あたし、傘忘れちゃって…」 「なんだ、そんなことか…。まどかや仁美はどうしたんだよ」 「今日はあたしが運悪く日直でさ。先に帰ってもらったんだ」 「ふーん」 しゃりしゃり。 あたしと杏子の言葉の間に、微かに混ざるリンゴの果肉が潰れる音と、雨がアスファルトに叩きつけられる音。 そんな些細な音がこんなに気になるのは、きっと彼女との会話が不自然な形で切れてしまったから。 それに、あたしと杏子は、 「なら、アタシの傘に入りなよ」 「……え?」 「アタシは傘持ってるからさ。さやかの家まで送るよ」 「あ、……」 ほら、そう言って肩に掛けていた鞄から杏子は赤色の折りたたみ傘を取り出してニカッと笑った。 あまりにも急な彼女の行動に一瞬呆けてしまったけれど、すぐに我に返ってまじまじと見つめれば、杏子は若干居心地が悪そうに頬を掻いた。 「ガラじゃねぇーとは思うけどさ、父さんと妹がアタシにって買ってくれた傘なんだ」 「へぇ〜、随分可愛いデザインじゃない。……なんか、杏子らしくないかも」 「っ!? そういうこと言うなら入れてやらねぇ!」 「わっ!嘘だってば!お願い、入れてよ」 「ったく、初めからそう言えよ……。ほら」 勢いよく傘を広げた杏子の隣に肩を並べるようにして、あたしは傘の中に入った。 ふと傘を見上げれば、開かれるまでは気付かなかったが可愛らしいイチゴのワンポイントが小さくプリントアウトされている、とても可愛らしい傘だった。 杏子らしくない。なんてさっきは言ってしまったけれど、とっても杏子のイメージに合っている、可愛らしい傘だ。 「この傘さ、実は初めて使うんだ」 「そうだったんだ」 「だからこそ、今日あの場所にさやかが居てくれてよかった」 「何でよ?」 先ほどより降りが優しくなった道路を、肩を並べながらゆっくりと歩く。 そこでまたも不意に口を開いた杏子のその言葉に反応して傘をもう一度見れば、水垢が一つも見当たらない、真新しい傘だった。 でも、その次の言葉の意味が理解出来なくて問い返せば、彼女は急に足を止めた。 それに倣うようにしてあたしも足を止めたが、少し遅かったらしい。 制服の裾に、少しだけ雨が当たってしまった。 「初めて相合傘した相手がさやかで良かったって話」 「?……なっ?!」 「いつかしたいと思ってたけどさ、まさかこんなに早く夢が叶うとは思ってなかったから」 「杏子……」 「ア、アタシだって恋人と相合傘したいって願望くらいあるんだからなっ!」 濡れた場所が少し気になったけど、杏子の言葉でその不快感さえも一気に吹き飛んでしまった。 いや、言ってることは全然おかしくない。 女同士だし恋人同士なんだから、別に相合傘してたって普通だし。 でも、杏子がそんなこと思ってるなんて全然思ってなかったから、その、なんていうのかな? 目から鱗っていうか、なんていうか。 ちらりと盗み見た杏子は恥ずかしさを紛らわすようにまだ半分以上残っているリンゴをしゃりしゃりと齧り続ける。 それがなんだか愛しくて。 そっと、傘の柄を持った杏子の手を握る。 「……っ!? さ、さやかっ?!」 「あたしも、嬉しいよ。……杏子と相合傘できて、さ」 びくりと身体を揺らしてこちらを見た杏子にはにかみながらそう伝える。 そんなあたしの言葉を初めはぽかんとしながら聞いていた杏子は、すぐにその表情を崩してにっこりと笑う。 「さんきゅ」 そうして近付いてきた杏子の顔を目の端に見つめながら、あたしはそっと目を閉じた。 (愛会い傘) 重なった唇からは、リンゴの味がした。 |