※なんの因果か書くことになったNデン
※個人的な贈り物!
※幸ちゃんに捧げる!





「綺麗だね」

「……はい?」

「その給仕する姿は計算し尽くされた完璧な数式の上に成り立っている。実に素晴らしいよ」

「は、ぁ…」


急に掛けられた突拍子の無い言葉に、ぼくは紅茶を淹れる為に動かしていた手を止めてしまった。
けれど目の前の人物はそんなぼくのことなどお構いなしに、ただうっとりとした目でぼくを、正確にはぼくが給仕する姿を眺め続けている。

彼の名前はN。つい最近、このレストランへ通い詰める常連となった青年だ。
彼がこのレストランへやってくる時間はいつもばらばらだが、頼むものは決まって紅茶だった。
そして、それをぼくに給仕させるのも彼のこだわりらしい。
理由を詳しく尋ねたことは無いが、同じソムリエであるぼくの兄弟であるポッドやコーンではダメらしい。

ぼくの淹れた紅茶でないと、ダメなのだ。

彼の纏う空気は少し影のある感じではあるが、一見しても普通の青年にしか見えない。
だが、その実性格や言動は一風変わっていて、彼が常連となってここへ通い詰めるようになった今でもぼくは唖然としてしまうことも多々ある。
実際、今まさにその状態なのだが。

穏やかな心のまま、最高の状態の紅茶を差し出そうとしていたぼくは目の前でダメにしてしまった紅茶を下げ始める。
すると、やっぱりその行為に疑問を持ったのだろう。彼、N君はすかさず声を掛けてきた。


「…?どうして片付けてるんだい?」

「ぼく達ソムリエはお客様に常に最高の物を給仕するのが決まりなんです」

「うん」

「でも、この紅茶はもう最高の状態じゃないんです。だから、今から新しい紅茶を用意しますね」


くるりと背を向けて、新しい茶葉と湯の用意をする。

ぼく達ソムリエのモットーは、《常に最高の物を提供すること》

だから、少しでも茶葉の蒸し時間やお湯の温度の変化もあってはならないのだ。
今日は急に掛けられた彼の言葉に気を取られてしまったので、目の前にあるこの紅茶は、もう人に、そして彼に出せる状態の物ではないのだ。


「もったいないね」


残念そうな声が、後ろから響く。
確かにぼくもそう思う。
でも、どんなに相手が味に関してまったくの素人であっても決して妥協することは許されない。

この味が、“ぼく達の味”と認識してほしくないのだ。
それは、ぼく達がソムリエとしての誇りを持っているから。

だが、不意に横から伸びてきた腕に、ぼくはその行動を中断させられてしまった。


「…?どうしたの、Nく……っ!?」


その腕が先程まで席に着いていた彼のものだと分かっても、その行動が理解できなかったぼくは彼へと視線を向けようとした、その時、


「……っ!?」


ぼくと彼の唇がゆっくりと重なった。
それは本当に一瞬の出来事ですぐさま彼の顔も唇も離れていってしまったが、ぼくの唇には確かに彼の唇の感触と温度が残っていて。


「…い、いきなり何をっ?!」


唇を抑えながら、ぼくは身体を大げさに揺らして彼から距離を取る。
途中茶葉やお湯を載せたテーブルにぶつかり食器が軋む音が立ったが、そんなの気にしてなんていられなかった。

けど、動揺するぼくなんてまるで気にしていないように、そして今の行為の意味を理解していないような顔をして、彼はゆっくりと言ってのけた。


「貴方の淹れた紅茶は、例えどんな状態であれ飲みたかったんだけど、ね」


それはまさに、



(一瞬の出来事)



その瞬間恋に落ちたことなんて、

きっとぼくはまだ知らないでいるんだ。



お題/雲と空の独り言+α『どきどきで5題』