※学パロ





「へぇ、強いんだな。お前」

「……はぁ?」


これが、オレと彼の始まりだった。




















「先輩、いい加減オレに先輩の縄張り下さいよ」

「却下」

「即答ですか………。別にいいじゃないですか〜」

「ダメ」

「どうしても、ですか?」

「うん。どうしても」


そうしてオレがあからさまにがっくりと肩を落として項垂れれば、それと対照的なほど明るい笑顔を浮かべてレッドさんは笑った。

この会話を繰り返すのはこれで何度目だろう?そして、目の前で未だ笑っている彼に断られるのも。
もう数えきれないほど繰り返された会話は、いつしかオレ達二人の間では挨拶と同じくらい日常茶飯事となってしまった。

目の前にいる彼、レッド先輩はこの辺りで名前を知らない人はいないほど、手の付けられない不良で有名な人である。
そして、その彼とこうして他愛の無い話をしているオレも、れっきとした不良少年である。

彼と知り合ったのはつい最近。
あれはそう、オレが人気の無い路地裏で喧嘩をし終えた後のことだった。


『お前、一年生か?』

『そう、……ですけど…。あの……、あなたは?』

『俺はレッド!お前の学校の先輩だ、よろしくな!』

『……はぁ、…』


さっきまで緊迫した状況の中に居たので、急に掛けられた明るい声に、オレは一瞬にして肩の力が抜けた。
先輩、と名乗る彼の服装を見てみればなるほど、確かに自分が通っている学校の制服を着ていた。
傍らに転がっている不良達を足で退かしながら、彼は笑顔でオレに手を差し出してきた。
その笑顔にほだされたのかもしれないが、オレは特に彼を警戒すること無く、その差し出された手を握り返した。

それからというもの、オレは同じ不良仲間、そして師弟という形でつるむようになった。
朝も夜も喧嘩に明け暮れたが、そこで分かったのは一つの事実だった。

どうやら、オレが師として、そして先輩として仰ぐ彼はこの辺り一帯を占めるほどの実力者らしい。
実際に彼と一緒に他校の不良と喧嘩している時に感じた肌が粟立つような感覚が、彼が強いということを物語っていた。
なのに喧嘩が終わるとすぐに、その恐ろしいほどの威圧感は一瞬で消え去ってしまう。

彼のそんな掴み所のない所が、結構オレは気に入っていたりするのだが。

けれど、それも今年で終わり。

何故なら、彼が来年で卒業するからだ。
来年は進路を決めなければならない。
進学にしても就職にしても、どのみち内申点というものは無くならない。

いくら今まで点数が良い人間でも、三年になってまで暴力事件を起こしていたら行ける所も行けなくなってしまう。
だからこそ、オレは今のタイミングで彼に不良の世界から足を洗って欲しかったのだ。

それに、オレも彼に鍛えられたおかげで大分喧嘩にも強くなった。
これなら彼が引退した後でも、彼の縄張りを守り抜くことが出来る。
だから安心して引退してくれと話したのだが、彼は先ほどのように決まってその提案を切り捨てるのだ。


「…うぅ〜。どうしてレッド先輩はいつも断るんですか〜…」


ぐでっと、溜まり場にしている場所に備え付けてある机に身体を伏せながら言えば、やはり彼は笑ったままこう告げる。


「別に譲ってもいいんだけどさ…。今のお前の力じゃ絶対すぐに他校の奴等に取られちまうって」

「随分信用無いんですね……」


一年近く傍で一緒に喧嘩をしてきた後輩に対して、いくらなんでもそれは言い過ぎではないのか?

そう告げるように顔を上げて視線だけ彼の方へ向ければ、それでも彼は気にした風も無くからりと笑って見せた。


「まぁまぁ、そう睨むなって」

「いくらなんでも今のはカチンときましたよ……。ひどいじゃないですか…」

「気に障ったか?」

「ええ、そうりゃあもう。オレだって先輩の横で一緒に喧嘩してきたんです。それなりに強くなったって自覚はありますよ?それなのに、…」

「…なら、今からサシで勝負するか?」

「……えっ!?」


長い間自身が待ち望んでいた言葉に、オレは勢いよく伏せていた身体を起こす。
そして目線を合わせた彼の顔を見れば、彼はもうやる気満々なのだろう。
制服の上着を脱ぎ捨て、Yシャツの袖を捲っていた。


「先輩っ!!」

「どうした?やるんだろ?勝負」

「いいんですか?!」


「但し、条件がある」

彼に倣って自分も制服の上着を脱いで、彼と対面するように並ぶ。
今まで断固として却下の姿勢を貫いてきていた先輩がやっとその気になったのだ。
オレは嬉しくて嬉しくて堪らなくて、けれども半信半疑に問い掛ければ、彼はそこで一旦言葉を切り、真剣な表情で条件がある。とたった一言そう言った。


「条件…ですか?」

「ああ」


ぽかんと口を開けて彼を見れば、今さっきと表情は全く変わらず、オレを見つめていた。
その表情はオレが今まで見たこともないほど真剣で、だからオレもそれに応えるように真剣な表情で静かに聞き返した。


「お前が勝ったら俺の縄張りをお前に託す。……けど、もし負けた場合は…」

「場合は…?」

「……それは秘密。それに、お前が勝つつもりならそんなこと聞かなくてもいいだろ?」

「…それもそうでしたね」

「…準備はいいか?」

「ええ……。言っときますけど、手加減しませんからね!」

「望むところだ!」


二人の不敵な笑みを合図に、二つの拳が交差した。




















「………参ったか?」

「…はぁ、……はぁ、…はい…」

ぜぇぜぇと荒い息を吐き出しながらその場で大の字になっているオレの横にドカリと座って、彼は涼しげな顔で問い掛けてきた。
それを悔しく思いながらも、オレは彼に降参と一言答え、また呼吸を整える作業に戻った。

サシでの勝負が始まってものの数分で勝負は着いた。
結果はこの通り、オレの惨敗である。
満身創痍、傷だらけなオレと違って、彼の身体には打撲痕どころか擦り傷一つなかった。

自分の力を過信していたと、今更ながらに恥ずかしく思う。
今まで彼の横でやってこれたのは、彼がそうなるように喧嘩をやりやすくしてくれていたって、どうしてオレは今まで考えられなかったんだ。


「……オレ、自惚れてましたね…」

「いやー、そうでもないけどな…。実際、何発かいいパンチもらったしな!」

「…そう、ですか」


詫びるように彼に言えば、そんなことないとでも言うように、彼はパンチを受けたであろう箇所を摩っていた。
そこに赤い跡は見えなかったが、確かにオレはそこへ目掛けて拳を叩きこんだ気がするから、それ以上彼の言葉を否定することは止めた。
それに、仮にお世辞だったとしたら逆に惨めな気持ちになるだけだから。


「…で、先輩が言っていた条件って、なんですか?」

「ああ……。お前が負けた時の場合のやつか?」

「ええ。あんまり無茶なお願いは聞き入れられませんけどね…」

「あ〜……、あれな……」

「…?」


やっと呼吸が落ち着いてきたので、オレは彼と勝負をする前に話した内容を尋ねる。
負けた時の場合を聞いていなかったので、未だ彼の要望する願いは不明なままなのだ。

あまりにも無茶な内容は聞き入れられないが、彼もそこまで鬼ではないだろうからオレも素直に従えるだろう。
ところが、目の前の彼はオレが尋ねた途端口を噤ませて、何やら言い淀んでしまった。
言っていいのか悪いのか、考えあぐねているようにも見える。

もしかして、結構無茶な内容なのだろうか。


「……お前は俺と一緒の高校に行こう」

「………はぁ?」


いきなり何を言い出すのかと思えば。
あんまりにも突拍子も無い発言だったので、理解するのに数秒を要した。

痛む身体を起こして彼を見れば、真剣な表情がオレを見据え、どうやら冗談ではないことが窺える。


「実はな、この辺りの縄張りって俺じゃなくて他の奴が持ってんだ」

「!? ……はぁっ?!」

「だからさ、もし仮にお前が勝ってたとしても俺はお前に何もあげられなかったんだ」

「ちょ、っと……え、ええ!?」


バツが悪そうに頭を掻いて、申し訳なさそうに彼はそう言った。
オレはといえば、突然告げられた衝撃の真実に思考が追い付けないでいた。

ここ一体の縄張りは彼のものではなく、別の人間のもの。それは理解出来た。
なら、何故彼はこの辺りを自身の縄張りだとでも言うように好き勝手に暴れていたのだろう。


「なら、どうしてオレに言ってくれなかったんですか?」


溜まった疑問を吐き出すように、口から出た言葉は彼へ向かって飛んでいく。
そうだ。自分の縄張りではないのなら、なぜすぐにオレに話してくれなかったのだろう。
やっぱり、オレはどこまでも信用されていなかったのか。

涙が、じわりと溢れそうになる。


「オレ……、そんなに信用無いですか?」


マズイ。涙がぽろりと零れる。
顔を彼に向けたままだから、その涙も震える声も彼はすべて目で、そして耳で拾ってしまう。

彼は涙を流したオレに驚いたのか、目を見開いて肩を揺らしたかと思うと、


「違う」


きっぱりと否定の言葉を零して、オレを抱き締めた。


「え……?」


本日何回目かの驚き。
思わず思考も涙も停止してしまった。

彼の暖かい身体と体温に包まれながら、そっと彼の顔を見ようとする。


「お前のことが好きだ…」

「……っ」

「だから、お前を傍に置いた」

「……先輩」

「お前を守りたいから、俺の横に置いて喧嘩が強いって印象を持たせて、この一帯に他校の奴等が近付かない様にもした」

「………」

「でも、俺は来年はとうとう将来のこと考えなきゃいけないからな…。あんまり馬鹿やってられないんだよな…」

「ええ、そうですね…」

「だからこの機会にお前にも不良をやめて欲しいんだ。…もちろん、それでも喧嘩を吹っ掛けてくる奴はいるだろうけど、……まあ、それはその時になったら考えよう」

「暢気ですね」

「なんだよ、喧嘩しないに越したことはないだろ?」

「…そうですけど」

「だからさ、もう非行は止め!」


ぎゅっと一際強く抱き締められ、彼の顔は見れなくなってしまった。
けれど、真剣な声が上から次々と零れ落ちてくるから、口を挟むことが出来ず、オレは大人しく彼の胸元に顔を埋めた。

そうしてやっと言葉を切った彼は、自身の腕の中に居るオレの顔を上げさせると、にっこりと笑ってこう言った。


「今日から俺とお前は不良を卒業する!んで、今度は“恋人同士”になろう!!」


ストレートな物言いが、オレの心を叩く。
その言葉と笑顔にオレの顔はあっという間に真っ赤になった。

そうやって面と向かって告白されたのは初めてだったし、相手は男だ。
けれど、断るなんて選択肢は何故か浮かばなかった。
この恋、前途多難ではあるが、オレ達二人ならきっと乗り越えていけるだろう。


「……ははっ、……やっぱ、レッド先輩には敵わないのな…」


くすくす笑って、彼の胸元へ擦り寄れば、彼もまた勢いよくオレの身体を抱き込んだ。
そうして二人で抱き合って、笑い合って、愛し合って。



(不良じゃない僕等の新しい人生)



さあ明日からはバカップルで過ごそうか!