「……ここが、シロガネ山」


誰に聞くわけでも無い、ただ、確認の意を込めてそう呟いただけだ。
そんなオレの視線の先には、雲に覆われてしまっているせいで山頂が見えないシロガネ山が映っていた。
傍らに羽根をたたんで自身と同じく山頂があるであろう場所を見つめるヨルノズクが、その呟きに応えるように一鳴きした。


「サンキュ。また後でな」


しばらく山頂を見つめてから、オレはヨルノズクをボールへしまう。
じきに戦いが始まるのだ。それまでは少しでも体力を温存してほしい。

するとヨルノズクも、キッとこちらを見据えてこくりと頷く。
了解した。と強い意志を見せるその眼差しにありがとうと呟いて、オレはシロガネ山へと歩み出した。




















「……くっそ、行き止まりかよっ!」


ガシガシと苛立ちを紛らわすように、頭を乱暴に掻き回す。
そんなオレの前に広がるのは、岩が粗々しく積み重なっている岩壁だった。
見たところ登れないこともないが、多分、これはポケモンの力を借りないと先には進めないだろう。

時代の流れが違うことによる弊害がこんな重要な場所で現れるとは思ってもみなかった。
きっと、この壁を登るための技はオレの相棒達は、覚えられない。


「あと、少しだっていうのに……っ!!」


目の前には先ほどよりは明瞭に、吹雪に覆われた山頂が見える場所まで来たというのに。
ここで足止めなんて食らっていたら、せっかく上手く撒いたハズのアイツ等に追いつかれてしまう。


「(なら、自力で登ってやる…っ!)」


もう一度壁を見上げる。積み上がった岩が尖っている所が目立つが、その分注意して登ればいい。
幸い、子供である自身でも登れないことはない高さだ。なら、登ってやろうじゃないか。

一人そう覚悟を決めて、まずは目の高さにある岩を掴み、身体を浮かせようとした時、


『(私に任せろ)』

「!? うわぁ!〜〜〜〜っ!」


急に聞こえた声に、オレは岩を掴んで浮かせていた身体のバランスを崩し、岩肌が露出する地面に勢いよく尻餅をついた。
強かに打ち付けたことによりしばらくは声が出ず、気休め程度に尻を撫でてから、オレは声のした方へ視線を向けた。

そして、その先にいたのは、


「ライ……コウ…?」

『(ずいぶんと逞しい小僧だな。その心意気、気に入った)』

「なん……で、…こんなとこ、に…?」


そこには、オレがかつて焼けた塔と呼ばれる場所で遭遇した伝説と呼ばれし雷ポケモン、ライコウがいた。
ライコウは悠然とした姿で、未だ座り込んだままのオレの前へと歩を向けると、ちょうど正面、目と鼻の先と言ってもいい距離までその身体を近付けた。

オレに至っては、元の世界でも数えるほどしかお目に掛かれなかったポケモンが目の前に姿を現したこと、そしてライコウもセレビィと同じように口を動かさずに行う意思疎通、テレパシーを使って自身に語りかけていることに唖然としてしまい、ようやくライコウへ問い掛けるように声を掛けても、その声は少し掠れてしまっていた。

けれど、ライコウにとってはそんなオレの反応も取るに足らないものだったのだろう。
見つめる視線に揺らぎを見せず、ただ凛とした声でオレの脳へと言葉を送る。


『(小僧。お前が来るのを待っていたぞ)』

「!? オレが来ることを知ってたって言うのか?!」

『(当たり前だ。私をなんだと思っている)』


にやり、形容するならこんな笑みを口元に浮かべたライコウは、そう言ってから徐にオレへと背中を向ける。


『(乗れ。お前を山頂まで連れて行くのが、今の私の役目だ)』

「!? オレを!? どうして、そこまで…」

『(話は途中でする。今は一刻も早く山頂へ向かわなければならないのだろう?モタモタするな、“奴等”に追いつかれたいのか?)』

「!! まさか。頼んだぜ、ライコウ!」


顎で己の背中をしゃくりながら、ライコウはオレにその背中に乗れと出だした。

いきなり現れたライコウの願ってもいない申し出にオレは思わず問い掛けたが、ライコウはどこまで知っているのだろうか?

今まさに素性の分らぬオレを追いかけているであろうヒビキ達の存在を匂わせたライコウに急かされて、オレは慌てて雨雲のような鬣を模した伝説の背中に飛び乗った。


『(しっかり、掴まっているんだぞ)』

「ああ、分かった!」


掴まることが出来そうな鬣をライコウが痛まない程度に掴んでから、ライコウは軽い足取りで地面を蹴った。

すると、どうだろうか?

自力で登ろうとしていた荒々しい岩壁がまるで砂利道のように思えるほどに、ライコウは颯爽と岩壁を飛び越えていくではないか。
乗っているライコウの背中から下を見ると、先ほどまで足止めを食らっていた場所が、みるみるうちに見えなくなってしまった。


『(こことは違う世界で、貴様に良く似た少年に少しばかり借りがあってな…)』

「借り…?」

『(困っていたところを助けられたのだ。もちろん、“あの少女”も傍らに居たぞ。その少女や仲間の少年にも、借りがあるのだ)』

「この世界の他にも、オレじゃないオレが存在する世界があるんだな…」

『(そうだ。ただ、ここに存在する私はこの世界の私だ)』

「?でも、今借りがあるって…」

『(私達伝説と呼ばれるポケモンも、並行世界の数だけ存在する。そして、その世界で自分たちが経験したことは全ての並行世界に居る私達へ記憶となって受け継がれるのだ。だから、この記憶もその一部なのだ)』


岩壁を蹴る力は力強いそのままに、ライコウは凛とした声で静かに告げる。
こことは違う並行世界で、オレではないオレに借りがあると。

まあ、セレビィから予め聞いていた並行世界という言葉から、この世界の他にも自分達と繋がっている存在が居るであろうことは大方予想がついてはいたが、まさか伝説と関わりを持っているとは思わなかった。

だが、それがあったからこそ、自分は今ライコウの力を借りることが出来ているのだ。
心の中で、その少年少女に礼を述べた。


『(見えたぞ。あれが山頂だ)』

「あれが…っ!!」


間もなく、ライコウから発せられた声に倣うように視線を動かせば、その先にはダイアモンドダストが舞う山頂が見えてきた。
ぎりりと拳を握りしめると、腰に下げたモンスターボールがカタカタと揺れる。
仲間も、感じているのだ。

もうすぐだと。
すぐそこに、討つべき相手がいると。

ぐっと拳を握り締めた、その刹那。


『(!? 小僧、しっかり掴まれ!!)』

「え……っ!!!」


ぐいっと方向転換したライコウの作り出す引力に引っ張られ、少し遅れて動いた身体の横を大きな光線の塊が通り過ぎ、避けきれなかった髪が一、二本焼け焦げた。
その光に遅れをとるようにして、先ほどまでオレ達が居た場所に大きな破壊音と衝撃が加わり、岩肌はその攻撃によって抉られてしまった。

この光、そしてこの攻撃形態。
それは普段身近にありすぎて慣れてしまった光景だ。

何故ならこの技を、オレの相棒であるオーダイルは習得しているのだから。
力強い光線を相手に発射して攻撃するこの技、『破壊光線』を。


きっと、この光線を放ったのもオーダイルだ。


……ほら、見えてきた。
オレと同じ髪型に顔付き、けれど、対する相手の顔はギロリと鋭い視線でこちらを睨み据えている。


オレとライコウに対峙するようにして立ち塞がったのは、やっぱりヒビキとコトネだった。
傍らには自分の最高と呼べる相棒を従えて。


「そこまでだよ」

「それ以上先には、行かせないから」


ヒビキと同じくらい鋭い眼光で、コトネもオレを睨みつけてくる。
けど、そんなことされたくらいでビビるようなほど脆い意志でこの世界に来たわけじゃないんだ。

その視線を軽く受け流すように、オレは口元に薄い笑み、目には強い意志を湛えて二人を見据える。

「君は誰?どうして僕と同じ顔をしているの?何故、僕の従兄弟だなんて嘘を吐いたの?………君の目的は、何?」

「それをお前等に言う必要性は?」

「っ!? あるよ!ヒビキの従兄弟なんて嘘吐いてまでしてレッドさんに一体何をするつもりだったの?!」

「だから、それをお前等に言う必要性が無いっつってんだよ」

「………どうしても?」

「しつけぇ」

「なら、こっちも実力行使しかないね」


くだらなく、それでいてありきたりな質問をヒビキにされ、呆れたようにぞんざいに吐き捨てれば、それが気に入らなかったのだろう。すかさずコトネの方も噛みついてきた。
けれど二人の質問なんて本当にどうでもいいことなのだ。
実際、言ったって信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらったとしても今更手のひらを返したように善人面をされたって、ムシが良すぎるからだ。

だから最後に念を押すように尋ねたヒビキの問い掛けに対しても鬱陶しがるように吐き捨てれば、今度こそ彼らは腰に下げていたモンスターボールを取り出し始めた。そうだよ、始めからそうやって実力行使に出てれば、こんな面倒くさい押し問答しなくて良かったのに。

彼らがボールを取り出したのを確認してから、自分も応戦するために今まで乗っていたライコウの背から降り、自身の相棒が入っているボールを掴む。

ライコウはそんなオレ達から距離を取り、この勝負の行方を見届けるつもりらしい。
なら、余計負けられない。
早くこの勝負を終わらせて、山頂へ連れて行ってもらわなければ。


「(多分、ヒビキやコトネの手持ちはオレやクリスと同じだし、技構成も一緒だってことは想像つくけど、二人いっぺんに相手するのはさすがのオレでも苦しいかもしれないな…)」


涼しい顔をしているように見えて、今更ながらに後悔し始める。
そうだ、いくら彼等の手持ちや技構成を把握していたって、一対二は少々キツイ。


「(せめて、あともう一人くらいいれば……っ!!)」


ぎりり、と歯を食いしばり拳を握り込んだ刹那。


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