※銀 VS 魂





「ニューラ、そこで《凍える風》!!」


俺の命令を受け、ニューラは野生のズバットに凍てつく冷気を吹きつけた。
タイプ相性を考えての攻撃だったので、効果はバツグン。
ズバットは俺達に背を向けるようにして、暗闇の中へと姿を消した。


「よくやったな、ニューラ」


ニューラに目線を合わせる為に屈み込みそっと頭を撫でれば、ごろごろと機嫌良さそうに喉を鳴らし、俺の掌に頭を擦り付けた。
すると、予めボールから出して傍に控えさせておいたメガニウムも撫でろと言いたげに俺に擦り寄ってくるものだから、なんだか恥ずかしくなってしまった。

自分のポケモン達をこうして信頼し、互いの力を合わせられるようになったのはつい最近。
ようやく俺にも信頼や愛情といったものが分かるようになった成果の賜物と言ってもいいだろう。

初めはポケモンなんて自身の命令を忠実に聞く、都合の良い道具としてしか扱っていなかった俺をここまで変えてくれたのは、俺のライバルであるヒビキと、彼の幼馴染であるコトネだった。
特にヒビキはいつも俺に真正面から喰ってかかってきた。初めこそ鬱陶しいと思っていた俺も、唐突に姿を見せては軽々と俺を踏み越えていくアイツに、いつしか俺は言いようのない感情を抱えていた。
でも、アイツを追いかけて行く内に、ポケモンに対する愛情や信頼というものがどんなものなのかが少しずつだけど分かってきていた。

それからは自分のポケモンときちんと向き合うことが出来るようになり、以前よりもポケモンや人に対して優しくなれたと思う。
だから、今度は俺のライバルであるヒビキを負かす為、俺はジョウトはじめ、このカントー地方で転々と場所を変え、修行をしていた。


PiPiPi… PiPiPi…


「ん?」


もう少しこの場所で修行を。と思った矢先、ズボンのポケットから軽快な音楽が流れ、俺は視線をそちらへ向ける。
ズボンに手を入れ、目的のモノを取り出すと、それはやはりポケギアの着信を告げるものだった。
自分は今までポケギアを持っていなかったのだが、それを不便に思ったのだろう。ヒビキやコトネ、そしてウツギ博士がお金を出しあって、このポケギアを買ってくれた。
新品同様の紫を基調としたポケギアのディスプレイに映った名前は、俺にこのポケギアを与えた一人、コトネだった。

なんだろう、とすぐに着信に応じれば、彼女はどこかを走っているのだろうか? 荒い息遣いと切羽詰まったような声が同時に俺の鼓膜を震わした。


『あっ!ソウル君!よかった、繋がって…』

『…どうしたんだよ?今日はレッドさんの所に行くって言ってたじゃねーか』


そうだ。今日ヒビキとコトネはシロガネ山に籠っているレッドさんに会いに行くんだ。と先日声を弾ませながら言っていたのを思い出す。
俺も何回か二人に連れられてシロガネ山に登ったことがあり、その時にレッドさんとも会った。

その時に感じたのは、畏怖。
彼は何もせずただそこに立っているだけなのに、身体が恐怖でぞわりと総毛立つ。
腰に下げたモンスターボールの中で、相棒であるポケモンもカタカタと震えているような感覚も、未だに鮮明に思い出せる。

彼にはコトネはおろか、ヒビキでさえも勝つことが出来ない。
ヒビキはジョウト、カントーリーグを突破し、次期チャンピオン候補としても評価されているほどの人間だ。だからこそ、俺はその事実に驚いた。
それでもヒビキは全くめげず、今でも暇さえあれば彼をバトルをする為に吹雪が舞う山に登っている。
最近ではそれ以外にも用事があって登っているらしく、詳しく聞けば、レッドさんの幼馴染であるトキワジムリーダーのグリーンさんの代わりに彼の生存確認という役目も兼ねているらしい。

今日もそれを行う為に山に登ると言っていたから、こうして電話が掛かってくることは無いと思っていたが、一体どうしたのだろうか?
コトネはそんな俺の考えを遮るように、未だ荒い息を吐き出しながら声を発した。


『それがね……。今、…レッドさんが危ないのっ!』

「はぁ?」

『なんでも、ヒビキ君に良く似た男の子が、……“レッドさんに会いたい”って言って、シロガネ山に向かったみたい…なの』

「…だからなんだって言うんだよ?」

『その子に会ったのはグリーンさんなんだけど、…その子、……びっくりするくらいヒビキ君に似てたし、自分でもヒビキ君の従兄弟ですって言ったらしくてね……、グリーンさん、それを信じちゃったみたいなの…』

「ああ、…」

『ヒビキ君に従兄弟なんていないし、…なにより、……レッドさんのこと、びっくりするくらい詳しくて……。怪しいからって…』


いきなり大声を上げたかと思えば、彼女は突拍子もないことを言い出すので、俺は思わず変な声を出してしまった。
でも、彼女はそんな俺のことなど気にも留めず、次から次へと言葉を紡ぐ。

彼女の話を聞きながら状況を纏めると、どうやらレッドさんが危ないということが一つ。
そしてその原因はヒビキによく似た少年で、さらに自身はヒビキの従兄弟だと告げた少年だということ。
その話はちょうど運良くヒビキの耳に入ったのだろう。今彼と一緒に向かっていると、彼女の声がまた言葉を紡ぐ。


『相手の手持ちも把握しきれてないから……。ソウル君やファイアさんにも協力してその子を止めてもらおうと思って…』

「ファイアさんは?」


ファイア。それはレッドさんの“弟”である少年の名前。
彼は兄であるレッドさんには似ても似つかぬ風貌で、性格も正反対。という特徴を持っていた。
けれど強さは彼に劣らないほどの力を持っており、コトネ達は彼をその少年を止めるための手段として用いろうとしていたのだろう。
だが、俺が問い掛けて帰ってきたのは彼女の溜息だけだった。


『それが、グリーンさんが何回掛けても……繋がらないみたいで…。仕方ないからファイアさんは来れないことにして、……最後の一人のソウル君に電話を掛けてみたの』

「そう、か…」

『来てくれる?』

「…分かった」

『ありがとうっ!私達は一足先にシロガネ山に行ってるから!ソウル君もなるべく急いで来てねっ!!』


そう言って彼女は一方的に電話を切り、俺のポケギアはプープーと無機質な音を響かせた。
そのポケギアを仕舞い、心配そうにこちらを覗き込む相棒のポケモン達に向き直る。


「レッドさんが危ないらしい…。ヒビキやコトネに頼まれたから、これから行こうと思うんだが…」


言葉が通じないのは百も承知だが、それでも、俺の深刻そうな表情で何かを読み取ったのだろう。ポケモン達はキッと表情を引き締め、俺の言葉に対し頷くように上下に強く首を動かした。
そんな彼等の熱意に勇気付けられ、俺はシロガネ山に向かう為、お月見山の出口に向かって歩を進めようとした。

その時、


「メガニウム、《つるのムチ》」

「っ!?」


足元目掛けて放たれたであろうポケモンのツルに、俺は意識を持って行かれ、反射的に目をキツく閉じた。
相手は当てるつもりだったのだろうか? その真意は分らないが、しばらく間を置いてからふっと目を開けると、俺の身体は宙に浮いていた。


「?! メガニウム…っ!」


俺を宙に浮かせていたのは未だボールから出したままのメガニウムで、よく見れば俺の身体、ちょうど腰の辺りにはメガニウムが出したのであろうツルが巻き付いていた。
同じくボールから出したままのニューラはツルを放ってきた方に向かって牙を剥き出しにしながら威嚇をし、それを見たメガニウムも威嚇をしながらも、俺をそっと地面に降ろした。


「ふん、なかなかに躾けられているみたいだな」

「誰だっ!?」


未だ威嚇を続ける二匹の前方から、酷く冷たい色をした声が響く。
自身に対して危険な攻撃を嗾けてきた人物に対し、俺も二匹と同じように強く睨みつけながら怒鳴りつける。
だが、目の前の人物はそんなことさえ意に介さないのだろう。コツコツと重いブーツの音を響かせながら、互いの姿がやっと目視できる位置にまで歩み寄ってきた。


「まぁ、それくらい躾けられてなきゃ面白くないがな」

「!? お、前……」

「人のことジロジロ見てんなよ」

「っ!?」


そうして見えた姿は、どこか自身に良く似てた風貌の少年だった。
といっても似ているのは特徴的な赤い髪の色くらいだろう。彼は癖のある長い髪であるのに対し、俺は少し尖ったトサカのような髪。
目付きも向こうの方がキツく、その瞳は冷たく冷酷な輝きを放っていた。

そして、目の前の男は以前俺がヒビキに言ったのと同じ言葉を発しながら、小馬鹿にしたように嘲笑する。
それに対しカッと頭に血が上るのを感じたが、努めて冷静に、そして慎重に俺は目の前の男に対し言葉を掛ける。


「退けよ」

「何故」

「俺はお前に構っている暇無いんだよ」

「奇遇だな。俺もだ」

「だったらそこを退け!」

「断る」


互いに譲るつもりも無く、俺達は睨み合いながら言葉の応酬を続ける。
目の前の男は一体何がしたいのだろう。自身に対して喧嘩を売っているということは分かるが、それ以外の理由はさっぱり読めないでいた。


「ふざけんなっ!なんなんだよ、お前!」

「シルバーだ。そうだな、分りやすく言えば、」


そこで彼、シルバーと言う男は言葉を切ったかと思うと、腰に手を伸ばしその場所から一つモンスターボールを取り出すと、中から俺も持っているニューラを繰り出した。


「お前を“足止め”する為にここに来た。とでも言っておこう」

「はぁっ!?」

「今からシロガネ山に行くところだったんだろう?悪いが、お前に行かれると厄介なんでね。ここで俺にのされてもらおう」

「ふっざけんな!…もしかしてお前、あのヒビキの従兄弟とか嘘付いた奴の仲間か?」

「…ゴールドのことか?……まあ、平たく言えばそうだな」

「だったらなおさら、俺もお前の言うことは聞けないな」


そう言って未だ威嚇したままのニューラを前に出せば、俺の意図が掴めたのだろう、彼は不敵ににやりと笑った。


「どちらが先に目的を達成できるか、賭けようじゃないか」

「ああ、望むところだ」

「悪いが、俺は今すこぶる機嫌が悪い。………なんせ、お前に、そしてこの“世界”に大切な人を奪われたんだからな…」

「?……意味分んねーこと言ってんじゃねーよっ!行くぜ!!」

「その身をもって後悔させてやるさ」


意味の分からないことを言い出す彼を睨み付け、互いにバトルの体制をとる。
そして、二人の声が重なるのと同時に、二匹のニューラの鋭い鉤爪が激しい金属音を立て、ぶつかりあった。


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