※ついったRTネタ入ってます!





「結婚しよう」

「…………は?」


休日ということでいつもより遅めの朝食を摂っている時、オレの真正面に向かい合うように座っていた恋人、グリーンさんは唐突にそう言い放った。
オレはというと、今まさに齧り付こうとしていたトーストを両手に口を大きく開けたまま、その言葉を聞いたものだから、何とも情けない格好になってしまったわけだ。
だが、目の前の彼はそんなことお構いなしに再度、やけに真剣な顔で「結婚しよう」と言ってくる。


「…なんなんですか?急にそんなこと言い出して。寝言は寝てる時に言って下さい」

「ちょ、おま!人が折角一世一代のプロポーズしてるってのに寝言で片付けるとかひどすぎじゃねぇーか?!」

「今のがプロポーズ?ムードが無さ過ぎなんですけど。…そういう気遣いが出来ない人との結婚を考えるのって、正直遠慮したいです」

「な…っ!」


彼のその言葉に対し、ばっさりと切り捨てるように嫌味を込めて返せば、ぐうの音も出さずに彼は押し黙り、無言でコーヒーを啜った。
それを傍目で確認しながら、オレは今度こそトーストを齧る。表面に塗ったバターの香りが鼻腔を擽った。

彼はそれ以上何も言ってはこなかったが、纏う雰囲気が重くなりせっかくの休日、しかも朝から二人の間には鬱々とした空気が漂い始めた。
あんな風に返してしまったが、本当はとても嬉しいのだ。
だって、オレ達二人は正真正銘恋人同士なのだから、プロポーズされて嬉しくないわけがない。
けれど、それに素直に「はい」と頷けるほど、オレは今の自分に余裕と自信が無いのだ。

彼は大学生で、オレは来年から彼より一足先に社会人になる身である。
卒業が近づいたつい最近になってようやく、オレは就職先が決まり喜びで胸はいっぱいだ。だからこそ、余計に不安なのだ。
オレが新しい生活を始めるのと同時に、オレは彼と過ごす二人きりの時間を減らし、新しい付き合いを始めなければならない。
もしそうなった時に、自分が彼の心から遠ざかってしまうこと、彼がオレの心から遠ざかってしまうことが怖いからだ。

グリーンさんはモテる。伊達に長い間付き合ってきたわけじゃない。彼がオレと同じ学生時代の時には彼が様々なタイプの女子から告白をされている場面にだって何度も遭遇したこともある。もちろん、彼はその度に断ってはいたけれど。
けれど、それはあくまで学生時代の話だ。オレが社会人になれば彼といる時間は格段に減り、その分心も離れやすくなる。

それが、たまらなく嫌なのだ。
彼はオレのモノ、オレは彼のモノだ。誰にも渡すものか…っ!


「(…っ?! オレ、今何を…)」


頭の中に一瞬浮かんだ激しい独占欲に心を占領された気がして、オレはハッと息を飲む。
自身がこんなに独占欲の強い人間だとは思わなかった。けれど、これが真実なのだ。彼を思う気持ちは、他の誰よりも深く、重いものだったのだ。


「…でも、急にどうしてそんな話をしたんですか?」


今更理解した自身の重い“愛”に一つ苦笑を漏らしてから、未だ落ち込んだままの彼を慰める為に、目の前で寂しそうにトーストを齧る彼に話を振る。
さすがにさっきは言い過ぎたと反省しながら優しい声音で詫びるように問い掛ければ、彼はさきほどの暗い雰囲気を一掃し、目を爛々と輝かせてよくぞ聞いてくれましたとでも言うように大げさにリアクションをとった。


「お前、つい最近歯ブラシ替えただろ」

「?ええ、もう古くなって毛先ボロボロになりましたからね…」

「“グリーン”色の、さ…」

「は、はい……?」


結婚しようという話からいきなり歯ブラシの話をしはじめる彼に、オレは話が見えなくなり始め困惑するが、彼はそんなオレなんてお構いなしに続けてぺらぺらと喋り続ける。


「ゴールドが“俺”色の歯ブラシを使ってるって思ったらさ、……なんか、ムラムラしてきたんだよ」

「っ?! は、はぁっ!?」

「そんでよく考えたら俺の歯ブラシは黄色で“ゴールド”色って言ってもいいくらいだし…。それで、その話をこの前ベロベロに酔っ払って帰って来た日があっただろ? そのことをサークル仲間に話したらさ、ソイツ、なんて言ったと思う?」



―『あ〜はいはい。惚気てねーでさっさと結婚しろ』



「…って言われて、さ……。アレ、ゴールド?」


わなわな。擬音で表現するならまさにその言葉がぴったりなほど、オレは体を震わせていた。
ついさっきまでオレがあんなに真剣に悩んでいたというのに、この男は…っ!!
真剣に悩んでたオレが馬鹿みたいじゃないか!


「グリーンさんの…」

「は?」


「グリーンさんのばかぁーーーーっ!」


「ぐえっ!!」


そう叫びながら足で彼の座っていた椅子を思い切り蹴り飛ばせば、彼は”新○さんいらっしゃい”よろしく椅子ごとキレイに後ろへ倒れた。
その時に頭でもぶつけたのだろう。苦しそうな声が聞こえたが、それ以降彼の声はぱったりと止んでしまった。



(Reciproche colore)



リビングの喧騒など露知らず。

洗面台に置かれた二本の歯ブラシがかたんと音を立て、互いに寄り添い合うようにして倒れた。