「………っ!! はぁっ、はぁ、は……」

「っ!……」


最後の悲痛な断末魔に弾かれるように、俺は両手を握っていた彼女の手を振り払い、乱れた呼吸を整えようとする。
きりきりと締め付けるような胸の痛みを抑えようと服を握り締めた掌には、びっしょりと汗をかいていた。
喉はからからに乾き、自身の掠れた吐息だけが、暗い洞窟に静かに響いた。


「……分って、もらえた?」

「…なんなんだよ、アレは…。どうして、どうしてクリスまで…」


流れ込んできた映像に映っていたのは自身と似た容姿をしたもう一人の“レッド”、そして、そのレッドと一緒に水底に沈んで逝ったクリスと、それを見て涙を流すゴールドの姿が見えた。
先ほどの悲しい悲鳴は二人の死を見届けたゴールドのものだろう。未だに耳にこびりついて離れない。

けれど、何故クリスまで死ななければならなかったのだ?

そう問い掛けるような視線を受けて、彼女はまた悲しそうに唇を歪ませて、ぽそりと零した。


「それは、彼女が比較、されたから…」

「比較…?何をだよ」

「“この世界の彼女”とよ。クリスはこの世界の人間の無意識の悪意から、存在を比較され、馬鹿にされ、貶された」

「はぁっ!? それっておかしくないか?! どうしてこの世界の人間がクリスに口出しするんだよ!余計なお世話だっつの!!」

「そう。貴方の言う通り、余計なお世話。でもね、この世界は貴方達と繋がってはいるけれど、本当は貴方達の世界の方が先に出来上がっていたの。だから、後から出来たこの世界の人間は、互いの世界を比較することで優越感に浸っていたかったの」

「つまり、後から出来たこの世界の方が技術的に進んでて、尚且つ『こっちの世界の方がすごい』って自慢したかったわけか?」

「そう」

「腐ってるな」


ふざけるな。勝手にこちらの世界を見下して、優越感に浸っていた。だと?
この世界で一生懸命に毎日を生きている俺達を鼻で笑っている。なんて反吐の出る話だ。
沸々と怒りが湧き上がってくる。無意識に握り締めた拳に爪が食い込んで、ちりりとした痛みが走った。


「でも、それでも良かった。この世界にその悪意が届かなければ。……けど、」「けど、何だよ?」

「悲しいことに、この世界の人間がそちらの世界へ何らかの形で渡ってしまった。…そのせいで、この世界の悪意が彼女に届いてしまい、心を壊してしまった」

「その人間が、さっきのレッドってわけか…」

「……そう。きっと、レッドのこの世界から逃げたい。という気持ちが、時空を歪ませたんだと思う」

「その原因を作ったのが、赤目の方の“レッドさん”、って呼ばれる偽物なんだろ?」

「………」


自身の問い掛けに、彼女は無言で首だけを縦に振り頷いた。
あの映像で出てきた彼は、悲しそうに顔を歪ませて泣いていた。
彼がああなった原因は、同じ映像の中に現れた”レッド”と呼ばれる架空の人物のせいだったのだ。

俺に良く似た服装と手持ちポケモン。それは、この世界のレッドにも言えることなのだが。
けれど、靡く黒髪に赤い目をした偽物のレッド、そんな彼を“レッド”と呼ぶ少年少女。
この存在が、きっとレッドの心を少しずつ蝕んで、そして、


「弱りきった奴の心に止めを刺したのが、この世界の彼の幼馴染“グリーン”だった…」

「誰よりも信頼していた親友に、ライバルに、真正面から否定された彼の心は、あっという間に砕けたわ。私がもっと早く、このことに気付けていれば、……ごめんなさい」

「お前が謝る必要なんか無いよ。……でも、お前はどうしてアイツらのようにはならなかったんだ?」


幼馴染のグリーンでさえも、偽物を本物のように接していたのだ。この世界の人間のほとんどが、きっとグリーンと同じように洗脳されていてもおかしくないのに。
だが、目の前の彼女はきちんと区別し、状況を理解出来ている。

一体、この差はなんなのだろうか?


「私は、もう一人のレッドだから」

「は…?」

「レッドは私で、私はレッド。……二人で一人と言っても過言ではないかも。だから、彼の心の変化に一番に気付くことが出来たし、痛みを分かることも、記憶を共有することも出来た」

「そう、だったのか……」

「だからこそ、今この世界で起きているおかしな現象の進行を食い止めたい。これ以上、悲しい思いをする人間を増やしては、駄目」


表情を歪ませながらもぎらりと光る瞳は、今にも獲物を射殺しそうなほどに強烈な殺意を放っていた。
一人の少女にこれだけの殺意の籠った目をさせたのは、他でもないこの世界だ。
そして、この世界は今度は俺達の世界を壊そうとしている。


「俺も、……俺も嫌だ。俺達の世界をこんな世界に壊されたくない」


そんなの、嫌だ。
ゴールドもクリスも傷付けて、この世界の自分を殺されて、原因も真実も知って、今更指をくわえてただ事が過ぎるのを待つなんて出来ない。
もう誰も、傷付けたくない。


「だから、戦わせてほしい。俺も、助けたい!」


気が付けば、大きな声でそう宣言していた。
その言葉を聞いた彼女は、さきほどまでの悲しそうな顔を綻ばせ、次の瞬間には表情を引き締めて、すくりと立ち上がり、俺に手を差し伸べてきた。


「…交渉成立、ね。レッド、これからよろしく」

「ああ、よろしく。リーフ」


その手を取り自身も立ち上がりながら、俺達二人は笑顔を見せ合った。


「さっきの図鑑は貴方に貸しておくわ。貴方の相手は同じポケモンを持つ偽物のレッドだけれど、それがあれば技タイプとかの種類も分かるし、対策も練りやすいから」

「サンキュ。でも、お前は一緒に戦わないのか?」

「まさか。私の相手はアイツじゃないから。私の相手は…」


そこまで彼女が言いかけたのとほぼ同時に、洞窟の外からポケモンの遠吠えのような声が聞こえてきた。


「来たわね」

「来たって、何が?」

「ゴールドが、よ。あと、偽物の親衛隊が二人。続けてもう一人来るから私はそいつらの相手をするわ…」

「ゴールドも来てるのかっ!?」

「そうよ。もっとも、彼は貴方より一足先にこの世界に来ていたのだけれど」

「そう、だったのか…」


彼までこの世界に訪れていることに俺は素直に驚いた。けれど、二人の死を目の前で見た彼がこの世界に来ることは、自然な流れであったように思う。
彼もレッドやクリスの悲しみに触れ、世界の理不尽さに涙を流したのだ。この山に来たのも、きっとレッドを倒そうとしてのことだろう。


「さ、私達も行くわよ。派手に暴れてやりましょう?ねぇ、レッド!」

「ああ、派手にやろうぜ!リーフ」


洞窟の中を二人で駆け抜ける。目指すは山頂。そこに君臨する"レッド"を倒す為。
正直、自分じゃ太刀打ち出来ないかもしれない。けど、抗うだけ抗ってみようじゃないか。







「覚悟しろよ、この野郎っ!!」


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