――『……て、』


「ん……」


――『……きて、』


「……っ」


――「レッド、起きて!」


「っ!……あ、?」


甲高い声に驚き、俺は弾かれたように身体を動かした。
だが、目覚めたばかりで周りが良く見えない、否、自分が今いる場所が暗い所なのだ。
どこだろうか、と目を凝らして周りをよく見ると、以前自身が籠っていたシロガネ山の最奥部であった。
だが、自身が見慣れているはずの風景とは、“若干のズレ”が生じているように思える。
それは、多分、


「……お前は、……?」

「………」


自身の目の前にいる、見慣れぬ少女がいることが原因だと思った。
背丈も年齢も近いであろうその少女は、さきほど自身を起こしたであろう張本人で間違いない、だろう。
その少女は“どこか自分によく似て”いて、俺はありえない既視感にゆるくかぶりを振った。


「お前、誰だよ…。ここでは、てか、この近くでも見たことの無い顔だけど…」

「私は、リーフ。……それはそうよ。だって、ここはあなたの元居た世界とは違う世界だから…」

「……はぁ?」


未だ上手く働かない頭を整理しながら目の前の少女に問い掛ければ、少女は突拍子もないことを言い始めた。

俺は思わず何を言ってるんだ?という顔で少女に返す。
正直、目覚めたばかりで頭もろくに働かないのにいきなりそんなことを言われたって納得出来る訳ないじゃないか。
けど、この少女、リーフの顔がやけに真剣だったから、俺はそれ以上何も言うことは出来なかった。


「にわかには信じがたい話でしょ?」

「当り前だって。そんな漫画みたいな話、初対面の人間に話されて簡単に頷けるかよ…」

「それもそうね。…でも、本当のことなの。あなたはこの世界の人間じゃない。理由があって、この世界に連れてこられた、違う世界の人間なの」


話している内に頭が冴えてきたのか、俺はゆっくりとだけれど彼女が話す内容を理解していくことが出来るようになった。
彼女の話を聞いて改めて周りの風景を見回してみれば、なるほど、確かに”自身の居た世界”のシロガネ山の洞窟とは少し違うところがあった。
自分でそう認識してしまったのだ、もう否定することは出来ないと、俺は今度こそ真剣に話を聞くために彼女に向き直った。


「そう…みたいだな。でも、どうして俺はこの世界に来たんだ?それに、連れて来られたって…?」

「この世界に来る前に、覚えていることって、ある?」

「えーと……」


そう言われて意識を失う前のことを思い出してみる。
確か、自身はシロガネ山から下山し、麓にあるポケモンセンターで案内された部屋で休憩していた時だ。


「急に目の前に現れた緑色のポケモンが、……」

「きっと、セレビィね」

「“セレビィ”……?」

「《時渡り》の力を持つポケモンで、色々な時空を旅するポケモンの一種よ。…これを、」


そう言った彼女が手渡してきたのは、自身が今の相棒のポケモンと旅を始める時にオーキド博士から貰ったポケモン図鑑によく似た物だった。


「これは、……図鑑? でも、俺の持っている図鑑と違う気がする…」

「私の方が機能的には上ね。それに、つい最近バージョンアップしたばかりだから、今この地方で捕まえることの出来るポケモンのほとんどは、その図鑑で確認することが出来るわ」

「すげ……。見たこともないポケモンばっかりだ…。それに、技タイプも俺の持ってるポケモンと違ってるし……。………あ、こいつ」


自身の図鑑と全くと言っていいほど仕様の違うソレに、俺は夢中になって弄り回した。
その時に目に入ったのは、先ほど彼女に言われ、俺がこの目で見たのと同じポケモン、セレビィの姿が映し出された。


「でも、こいつはどうして俺をこの世界へ送り込んだんだ?」

「それは、……。私が、そう願ったから」

「願った?」

「そう。『レッドを助けてっ!』って…」


急に呼ばれた自身の名に、俺は驚いて目を見開いた。
だが、彼女の言うレッドはきっと俺のことではないであろうことなど、すぐに分った。


「レッド…?それって俺のこと……じゃあ、ないよな」

「ええ。でも、説明するよりもきっと、“見せた”方が早いから…」

「何、を……っ!?」


そう言って彼女は俺の方へ身体を寄せ、俺の両手を自身の両手で包み込むように握ったかと思うと、次の瞬間、俺の頭の中に”何か”が洪水のように激しい速さで流れ込んできた。
ザザザ、と激しいノイズ音と砂嵐が数秒流れたかと思うと、徐々に周りの風景が色づき、俺の視界には俺によく似た人間が映った。





――『俺がいたのはこのシロガネ山の山頂』


――『悲劇の始まりだった』


――『いつしか、あの場所には俺と似ても似つかない“レッド”がいた。俺とは似ても似つかない大人びた顔。風に靡く黒髪。血の様に赤い瞳』


――『グリーンだけは…』


――『俺のことを“ファイア”と呼ぶようになった』


――『さようなら』


彼がそう言うのと同時に再度砂嵐が流れ、今までの映像が乱れる。
その乱れた映像の中で微かに確認できたのは、悲しそうに顔を歪ませた“レッド”と呼ばれる少年と共に水底に沈んで逝くクリスの姿だった。

そこで一旦俺の意識は闇に覆われ、次に映像が見えた時に見えたのは沈み逝く二人の姿を絶望に染まった表情で見つめるゴールドの顔と、



『……う、ぁぁあああああっ!!』



哀しみを誘う掠れた悲鳴だった。


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テーマ「人外ファンタジー」
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