PiPiPi… PiPiPi…
「もしもし。……ああ、なんだヒビキか」
『なんだ。とは失礼じゃないですか!』
トキワジムに向かう途中、ポケットに入れておいたポケギアに着信があり、通話相手の名前も確認せず、俺はすぐさま通話ボタンを押した。
そこから聞こえてきたよく聞く声に、俺はわざとがっかりしたように言うと、電話越しに不機嫌そうな声が返ってきて俺は静かに口端を上げて笑った。
電話をかけてきた少年の名はヒビキ。
ジョウト地方出身のトレーナーで、十歳という若さでジョウト、そしてこのカント―地方のジムを制覇し二地方のチャンピオンとして一時期名を馳せた少年だ。
だが、彼自身がチャンピオンになることを拒んだので、今でも二地方のチャンピオンの座にはワタルが君臨している。
辞退した彼はそれからも本来の旅の目的であるポケモン図鑑を埋める為、日夜カントー、そしてジョウトの地を駆け回っている。
「ああ、悪い悪い。で、今日はどんな用件だ?」
『今日、コトネと一緒にレッドさんの所に行こうと思ってるんですけど、グリーンさんもどうですか?そろそろ食糧買い足しておかないとまずいんじゃないですか?』
「ああ〜。確かに」
ヒビキの幼馴染であるコトネと言う少女も、彼に負けず劣らずのバトルセンスを持ち、今ではジョウトの二強と呼ばれる存在だ。
そして、ジムバッジを八つ所持している彼らは、この二つの地方を結ぶ気高い山、シロガネ山に入山することを許可されている。
二人は自分以上に頻繁にシロガネ山を登っている。それは、自分がジムリーダーという地位を築いているせいもあるのかもしれないが、二人の目的は、もっと別の場所にあるのだ。
“レッド”
俺の幼馴染であり、シロガネ山の山頂に君臨する男。二人はこいつとバトルする為にあの険しい山を毎回登っているのだ。
あの吹雪の中、凛と立つ姿、靡く黒髪に熱き闘志を込めた、それでいて気だるげな眼差し、そして傍らに寄り添うようにして従えている相棒のピカチュウ。その魅力に魅せられたのだろうか。
それとも、圧倒的な力差を見せつけられた上でバトルに負けたのが悔しいのだろうか。
多分、どちらもそうなのだろう。
今ではジムの経営で多忙な生活を送る自分の代わりに、彼らがレッドの生存確認の役割を担うほど、二人はレッドと多く接触してきた。
だが、いぜん食糧は俺が調達し彼の元へ運ぶ役割は変わらないもので、ヒビキの言葉を聞きながら、俺は最後に食糧を持って行った時期を思い返し、そろそろだったな。と彼に返した。
「あっ!そうだ、」
『なんですか? 急に大声なんて出して…』
「そうそう、レッドで思い出したよ。実は今日ジョウトから来た奴で、レッドに会いに来たって言う奴に会ったんだけどな…」
『へぇ〜。レッドさんってカント―だけじゃなくてジョウトにまで名前が広がってるんですね。さっすが、レッドさん!!』
ここで、少しの違和感。
「…何言ってんだ?お前の従兄弟なんだから、お前がレッドのこと話したんだろ?」
『はい?……あの、僕、従兄弟なんていませんけど…?』
疑問に思ってそう返せば、何を言っているんだ? とでも言いたそうな声が電話越しに聞こえる。
でも、自身がさきほど出会った少年は自分はヒビキの従兄弟だと言っていたのだ。それに、従兄弟と言われても一ミリも疑わないほどに、ヒビキによく似ていたのだから。
「……え?」
『……え?』
互いが無言になり、俺に至ってはジムに向かって進めていた足をその場で止めてしまった。
向こうもそうなのだろう。さきほどまで弾んでいた息が落ち着き、ごくりと生唾を飲み込む音がやけに響いて聞こえた。
「でも、アイツは言ったんだ!「オレの名前はゴールド。ヒビキの従兄弟です」って!それに、びっくりするほどお前にそっくりだったんだぞっ!!?」
『嘘なんか吐いてどうするんですか!それに、もしグリーンさんの言っていることが本当で、そのゴールドっていう奴がレッドさんに会いに行く。なってことになったら…』
「……っ!レッドが危ないっ!?」
『っ?! 僕、コトネと先にシロガネ山に向かいます!グリーンさんも後から来てください!出来ればファイアさんも連れて!!』
「ああ、分かった!向こうの手持ちは把握しきれてない。だから油断はするんじゃねえぞっ!」
『はいっ!』
飛行タイプの手持ちを出したのだろう。大きな羽音と共にポケギアの電源は切られた。
傍でコトネの戸惑った声も聞こえたから、レッドの所へ向かう途中に状況を話すつもりなのだろう。
俺はヒビキとの通話が切れたポケギアをもう一度操作し、ジムへ急用を思い出したとの旨を一方的に伝え、電源を切る。
そして、再度ポケギアを操作しアドレス帳から呼び出したのは彼の“弟”である、ファイアの電話番号だ。
PiPiPi… PiPiPi…
「くそっ!早く繋がれよっ!」
ゆっくりとリズムを刻む音が、焦る気持ちを増長させる。
そして、やっと繋がったかと思いきや、
―――『お客様のお掛けになった電話番号は……』
「………くっそ!!」
アナウンスが言い終わる前に勢いよく通話終了ボタンを押し、通話を強制終了させた。
まったく、自慢の兄がピンチだって言う時にこいつは! なんてことを頭の片隅で考えながら、俺は今度こそシロガネ山へ向かって駆け出した。