「……ん、ぅ…」


ゆっくりと意識が覚醒し、瞼をゆるゆると開く。
目の前には見慣れた自身の部屋の白い天井が広がり、そこは窓の隙間から差し込んだ陽の光に照らされていた。
その光景に今が朝だと認識し、未だ覚醒しない身体をゆっくりと起こすと、オレはそこで一つの違和感に気付いた。


「……ソウル?」


昨日、自身と同じベッドに一緒に寝たはずの少年の姿が、そこに無かったのだ。
その代わりにあったのは、


「……な、…んなんだよ、これ…」


ベッドの中に存在を主張するように横たわる、“ナニかのタマゴ”だった。

タマゴの表面には淡い緑色の斑点が浮いているところを見ると、どうやらこれはポケモンのタマゴらしい。
だが、どうしてこのタマゴが自身のベットの中に入っているのかなど、寝起きで状況把握するほど脳が回転していないオレが理解するには、難しい状況だった。

けれど、いつまでもこのままではいけないだろうと思い、オレはそのタマゴを横の状態から垂直なるように起こす。
起こす際に触れたタマゴは、ベッドの中で暖まったのだろうか、ほんのりと熱を持っていた。
それに、どうやらもうすぐ孵るらしい、同時に掌からトクントクンとした鼓動が伝わってきた。

しかし、依然としてこのタマゴが置かれている状況が理解出来ない。

確かに昨日まではこんなタマゴは家には無かった。
それもそのはず、オレの家にはポケモンが一匹たりともいないのだから。

それに、このタマゴが出現したと同時に家に居たはずの少年、ソウルが消えてしまったのも未だ分らずにいるのだ。
謎が謎を呼ぶこの状況が、朝からオレの頭を悩ませていた。


「……昨日あんな話したからか?夢でも見てるんじゃ…」


試しに頬を抓ってみる。が、普通に痛かった。
どうやら悲しいことに、今現在オレが置かれているこの状況は現実のようだ。

昨日、オレはソウルと今は死んでしまったポケモンとの話をした。
思い出すだけでも苦しいその記憶の断片を話したのは、彼が望んだことだったから。
その話をしていく内に、次は問い掛けた彼自身の悩みを打ち明けられた。


『愛情とか信頼とか、そんなの分んない』


そう苦しそうに顔を歪ませたソウルにそんなことを言われて、逃げるわけにはいかなかった。
ちゃんとオレの言葉で、態度で、仕草で、ポケモンと人のあり方。人と人のあり方を教えてやらないと、と思ったのだ。
拙いながらも、照れ臭いながらも、オレは一生懸命になってソウルに自分の考えをぶつけた。

最初はきょとんとしていたソウルモ、やがては何かを悟ったようにふっと表情を崩し、微かに微笑んだ。
そうして寝付く頃になって、うとうととしはじめたソウルの口から零れた言葉に、オレの心は大きく揺らいだ。


『ゴールドのポケモンも、………ゴールドのパートナーとして生まれて、…嬉しかったと思ってると思う』


オレのパートナーは言葉が話せないから実際にそう思っていたかは分らない。けれど、その彼の言葉がそのままそっくり彼等の声に聞こえた気がして、オレは暫く床に膝をついて嗚咽を零していた。
そうしてようやく落ち着いて、けど、抱き締めたままの図鑑を手放したくなくて、オレは先に暖かい夢の中へと旅立った彼の横に身体を横たえ枕元に図鑑を置き、そのまま意識を沈めるようにして眠りに就いた。

そうして目が覚めて辺りを見回せば、ソウルの居た痕跡など跡形も無くなっているではないか。
本当に彼は居たのかさえも、まるで夢のことのように思えてくる。


「……でも、それも夢じゃないんだよな…」


本当にこれで最後だと自分に言い聞かせて、オレは枕元に置いたであろう図鑑を取り出そうと手を伸ばした。
こつりと当たった何かの感触にあからさまに肩を落として、オレは溜息を吐く。
その場所にはやはり図鑑があり、オレはそれを手の中へと収める為に手繰り寄せた。


「…!? な、あ…………はぁっ!?」


そうして掌に収まった図鑑を見下ろしたオレは思わず大きな声を出してしまった。
何故なら、その図鑑はオレの知っている図鑑とは少し違っていたからだ。

何十年前もの最新モデルであった図鑑といえど、年月が経ってしまえば古く、そして外装の塗装も剥がれてくる。
オレ達三人が今でも持っている図鑑は、まさに古ぼけたアルバムと言っていいほどの年代物だった。

だが、それが今はどうだ。
外装は綺麗に塗り直されたかのように所々にあった剥がれは消え、それどころか図鑑自体が新しく生まれ変わったかのように、以前オレが持っていた図鑑とはデザインが変わっていたのだ。
まじまじと外装を見つめ、それから主電源が隠れている蓋を外す。
そうして出てきた内装も、やはり自分が持っていた図鑑とは全然違っていた。


「……もしかしたら、この図鑑でこのタマゴの中身が分かるかも…?」


疑問形ではあったが、試すに越したことは無い。
だが、これが仮にオレの持っていた図鑑だとしたら、果たして電源は入るのだろうか?
大事に取っておいたが、何年もメンテナンスをしていないのだ。
内臓電池はとっくに劣化しているであろうから、まず電源は点かないと思うのだが。

けど、ものは試しだ!

どきどきと鼓動が煩いくらいに脈を打つ。
心なしか、ボタンに伸ばした指さえも震えているような気がしてきた。

これを押せば、またアイツらに会える!

そう高鳴る気持ちを押さえつけながら、とうとう電源ボタンを目指した指はゴールに着き…、


「ゴールド!ちょっと聞いてくれるっ!コトネが……、コトネがタマゴ…に」

「ゴールド!ヒビキが居なくなったっ!その代わりに、このタマゴ……が…」


そうになった時に、昨日と同じような慌ただしさで部屋のドアを開けたのはなにやら慌てた様子のクリスとシルバーだった。
思わぬ彼らの登場に拍子抜けしながらも彼等の方へ視線を向ければ、二人は小脇に今オレの目の前に鎮座するタマゴと同じ大きさのタマゴを抱え、開いた方の手には自分と同じデザインの図鑑を持っていた。

けれど、彼等の状況と全く同じなオレの姿を見ると、二人はぽかんと口を開けたまま、こちらへ歩み寄って来た。


「……ゴールドの所もだったのね…」

「ああ。朝起きたらソウルがタマゴになってて……」

「で、何故か図鑑まで新しくなっていた、と…」

「そう、みたいだな…」


互いの図鑑とタマゴへ向ける視線が行ったり来たりしている中で、状況を把握する為にそれぞれに口を開く。
さらに話を掘り下げていけば、どうやら二人も昨日ヒビキやコトネに自身のポケモンとの話をしたらしい。

そして一緒に寝ていたと思っていたが、目を覚ませばこの通り。
二人は居なくなっており、心配する自分たちに残されたのは新しくなった図鑑と、いつの間にか置かれていたタマゴだけだったらしい。


「これってもしかして…」

「言うな……。なんか、なんとなく言いたいことの想像つくから…」

「俺としても仮定したくない状況だな…」


うーんと三人で輪を作るようにベッドを囲みながら唸る。
すると、急にどうしたのだろうか。
それぞれが持つタマゴがまるで共鳴しあうかのようにカタカタと揺れ始めたのだ。


「うわっ!…お、おい…。なんかヒビ入ってきてるんだけど…っ!!」

「もしかして、…もう孵るの…っ!?」

「いくらなんでも早すぎる…っ!!」


けれど殻にヒビが入るのを止めることが出来ないオレ達は、ただそのタマゴからポケモンが孵るのを見守ることしか出来なく。
ついに、


「チッコー!!」

「ヒノー!!」

「ワニワニワー!!」


タマゴのヒビが下まで完全に入り、殻は左右に割れ、中からポケモンが飛び出してきた。
そこから飛び出してきたのは、十年前オレ達が旅を始める時に連れて行くポケモンとして、そして生まれて初めての相棒として博士から譲り受けたポケモンだった。

元気な仕草と共に飛び出してきたのは、オレの相棒であったワニノコ。
愛らしい顔で殻を割って出てきたのは、シルバーの相棒であったチコリータ。
可愛らしい鳴き声を上げ背中から炎を出したのは、クリスの相棒であったヒノアラシ。

三匹はそれぞれ自分の目の前にいる人間を親とみなしたのだろう。
元気な声を上げながらオレ達の胸へ飛び込んできた。

そんな声に反応するように、オレの掌に収まったままだった図鑑が、軽快な音を立てて主電源を入れた。
すると、他の二人の図鑑の電源も勝手に入り、オレ達の部屋には小さくだが機械音が響き渡った。


『図鑑No.152 “チコリータ”』

『図鑑No.155 “ヒノアラシ”』

『図鑑No.158 “ワニノコ”』


その声に応えるかのように、三匹は大きな鳴き声を上げ、オレ達の胸元へ擦り寄った。
突然のポケモン孵化、そして図鑑の復活。
あまりの急展開さに、オレ達三人は少し唖然としてしまったが、今も元気よく胸の中ではしゃぐ“相棒”を抱いたまま、オレ達は静かに涙を流した。
けれど、それは決して哀し涙ではないことぐらい分っていた。

だって、こんなにも頬が緩んで、顔が綻んで、心が温かくなる哀し涙なんて、この世に存在しないから。
その涙を相棒に見られたくなくて、オレ達三人はそれぞれの相棒をギュッと強く抱き締める。同時に彼らの存在が本物であると確かめるように。


「くっそ……あいつら……こんなもん残していきやがって……」

「とんだサプライズプレゼント……貰っちゃったわね……」

「……でも、…不思議と心が温かい……」


シルバーのその言葉に、オレ達二人は首だけ動かしてこくんと頷く。

きっと、クリスの言う通り。
あの三人は、オレ達にこのプレゼントを届ける為に、この世界へやってきたのかもしれない。
哀しみを封印し、自身を責め続けるオレ達に、新しい希望を与えに。

そうしてしばらくの間、オレの部屋には相棒達がはしゃぐ声と、啜り泣くような嗚咽が響き合っていた。




















「それじゃあ、行ってきます!」

「ああ、気を付けて行ってきてね」

「帰る頃になったらポケギアの方にも連絡入れますね」

「資料の方も俺達の方で極力纏めておきますから…」

「ああ、助かるよ」


研究資料を集める為のフィールドワークに出る準備をするオレ達に、博士はにこにこと笑いながら声を掛ける。
準備をするオレ達の周りを忙しなく歩き回る相棒の頭を撫でながら、今日のスケジュールをクリスが反復する。
シルバーは博士に資料を纏めておくとの旨を伝えているのを、オレはぼんやりと聞いていた。

あれからヒビキ達が再びオレ達の前に姿を現すことは無かった。
きっと、目的を果たしたとかで元の世界に帰ることが出来たのだろうと結論付けることにした。

そして、残されたオレ達は新しい相棒を横に引き連れ、再び旅を始めることにした。
けれど、その旅のメインはあくまでも博士の研究資料を集める為のフィールドワークである。
だが、空いた時間にはポケモンを捕獲するなどして、新しくなった図鑑にデータを埋めたりもしている。
そうしてその図鑑の空白が埋まる度、オレ達は懐かしさに涙が溢れそうになるのだ。


「ゴールド、行くぞ」

「置いてくわよー!」

「…あっ!いつの間に…っ!? 待てよー!」


遠くから呼ばれた自分の声に顔を上げて視線を向ければ、さっきまで傍にいたはずの二人はいつの間にかワカバタウンから29番道路へ向かって歩き出していた。
その二人を追い掛けるように、オレはワニノコを抱き上げてから駆け出した。

ワカバタウンを吹き抜ける風が、オレ達の新たなる始まりを告げるかのように優しく頬を撫でた。



(はじめまして、こんにちは!)



また君と旅ができること、嬉しく思うよ!

この愛は、この想いは、この、未来は、

繋がる“彼等”がぼくらにくれた



《ふしぎなおくりもの》



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