「こんにちは」

「…っ!あら、こんにちは。この辺では見かけない子ね。…どこから来たの?」


ノックも無しに突然現れたオレによほど驚いたのだろう。
急に声を掛けられたことで肩を揺らしながらこちらを振り返った彼女は、けれどオレが年端もいかない少年だと分かると、その表情をふわりと和らげ、声を掛けてきた。
オレはそれに丁寧に答えながら、ぺこりと頭を下げた。


「ジョウトから来たんです。レッドさんに会いに来たと言ったら、お隣のグリーンさんからここを案内されたのですが…」

「ごめんなさい。レッドは今連絡がつかなくてね…。ここには私しかいないのよ」


そう言って申し訳なさそうに彼、レッドの母親は表情を曇らせた。
だが、オレはそんなこと元の世界でとっくに知っていることなので、特に気に留めなかったのだが。


「そうなんですか…。でも、グリーンさんは連絡を頻繁に取り合っているみたいなこと言ってましたけど…」

「そうなのよ!もう、グリーン君ばっかりじゃなくて、心配かけてる母親に連絡しなさいって、常々思うわ」


茶化すように、くすくすと笑いながら彼女は起こった。
この母親はきっと自分の息子が見知らぬ世界で苦しみながら水底に沈んで逝ったなど、夢にも思わないのだろう。
人知れず消えてしまった彼が、どれだけこの世界を愛していたのかさえも知らずに。


「でも、変なのよ」

「…?何がですか?」


急に声色を変えて、彼女は小さく呟いた。
オレはすかさず問い返し、彼女の返答を待つ。
言っていいのか悪いのか、そんなことを考えていたのだろう。やがて決心したように、そして内緒話をするように小さく、彼女は言葉を漏らした。


「グリーン君が生存確認、って名目でシロガネ山を登っているのは知っているわ。けど、彼の話す内容ってちょっと変なのよ」

「例えば?」

「ポケモンのことは詳しく分らないから言えないのだけれど、彼の言っている“レッド”は、多分、ウチの子じゃないと思うの」

「……っ!?」


これは驚いた。まさか、その微かな違和感に気付いていた人物がいるとは思わなかったから。


「これが、ウチのレッドなんだけどね…」

「………」


そう言った彼女が手渡してきたのは小さな写真立て。その中には屈託なく笑うレッドと、グリーンの姿があった。
写真は嘘を吐かない。そこに居たレッドは、紛れもなくこの世界のレッドであった。


「グリーン君の言うレッドって、サラサラの黒髪で赤目らしいのよ。ウチのレッドは茶髪で茶目だから、その写真立てを見せてこれがレッドじゃない。って言ったのよ。けど、その写真を見て彼、なんて言ったと思う?」



―――『これは“ファイア”ですよ、おばさん』



「…私が産んだ子は、この家で育てた子はレッドただ一人だけなのに…。黒髪のレッドも、ウチの子と同じ容姿をした“ファイア”なんて子も、いる訳がないのよ。おかしな話でしょう?」


ふう。困り果てたような溜息が、彼女の口から出て空気を揺らす。
その顔はどこかやつれていて、今にも倒れてしまいそうなほどに蒼白になっていた。


「確認しようにも私はポケモンを持っていないから、シロガネ山なんて行けないし、最近顔見知りになったヒビキ君やコトネちゃんも、グリーン君と同じことを言うものだから、頼むに頼めないし」

「だったら、オレが行きますよ」


「……え?」

「ちょうどいいじゃないですか。オレはこの家のレッドさんに会いに来たんです。だからシロガネ山にいる“レッド”と呼ばれる人物のこと、オレが確かめに行ってあげますよ」


好都合だった。彼女がレッドのことをきちんと覚えていてくれていたことが幸いだった。
これなら自身も大義名分を得て、好きに暴れまわることが出来る。


「でも、山頂はいつも吹雪いていて危ないのよ?そんなところへカントーへ来たばかりの子を私のわがままで行かせるのは危険だわ!」

「いいんです。これも、オレのわがままですから」

「あなた……」

「ゴールドです。オレ、救いたい子がいるんです。その子を助ける為にはどうしてもレッドさんに会わなきゃいけないんです!だから!」


その場で勢いよく頭を下げれば、彼女がたじろぐ気配を感じた。
だが、自身は余程切羽詰まったような表情をしていたのだろう。
やがて下げた頭の上に暖かい掌が載せられて優しく撫でられた。


「……本当に、頼んでもいいの?」

「ええ、遠慮なく」

「お願い。レッドを、……“助けて”っ!」

「っ?! ………はい、必ず!」


頭を下げたままの状態で彼女に抱き付かれ、震えた声で懇願される。声が震えているのはきっと、彼女が泣いているからなのだろう。
彼女は真相を知らない。けれど助けてという言葉が出たのは、きっと親にしか分らない“何か”を感じたからなのだろう。オレは、そんな彼女に強く宣言した。










「この写真、借りて行きますね」

「ええ。……気を付けて、ね」

「はい」


手持ちからヨルノズクを出し、その背に跨って大空へ向かって飛び立つ。
下から心配そうに手を振り見送る彼女に同じく手を振って、オレはシロガネ山へと続く道へと向かった。


「さて、と……。いくら並行世界と言ってもこっちの方が技術的に進んでる感じだな。つーことで、」


す、とズボンのポケットから取り出したのは、さきほどグリーンの家の机の引き出しから拝借した図鑑。
動作確認と称して色々なところを調べてみたところ、元の世界では見たことも聞いたこともない様々な種類のポケモンが存在していることに驚いたが、予想外の収穫だと、オレは素直に喜んだ。
このことを知らなければきっと自分はヒビキ達に対抗することなど出来なかっただろうから。
それに、この図鑑を持っていればもしヒビキ達がオレの知らないポケモンを出してきたとしてもすぐに対策を練ることが出来る。

同じく拝借してきたタウンマップを風に飛ばされぬ様に気を付けて広げながら、オレはヨルノズクへ指示を出す。
やがて見えてきた威厳のある建物は、きっとチャンピオンロードへと続く受付ゲートだろう。


「いっちょ派手に暴れてやるかっ!」


その声に呼応するように、ヨルノズクの鳴き声が空に響いた。


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