※現代パロ
※短い





「ただいま」


明かりが一つも点いていない、住人が誰もいない部屋にオレの声だけが静かに響く。
それに少しの虚しさを感じつつ、オレは靴を脱いでリビングへと足を進めた。


「グリーンさん、帰ってきてないんだな」


堅苦しいリクルートスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながらソファへドカリと腰を掛ける。
そして同じくこの部屋の住人である恋人、グリーンの不在を確認した。
昼に来たメールでは、今日は彼が所属するサークル主催の合コンがあるらしい。
『悪い、捕まった』顔文字も絵文字も無い、素っ気ない一言だけがメールフォルダの中にぽつんと残っている。

彼には彼の、自分には自分の付き合いがある。合コンの一つや二つ、オレには関係のないことだ。

しかし、やはり一抹の寂しさはあるもので、いつもは二人で狭いなどと言い合いながら暮らしているが、一人になると途端に広くなり、なんだか知らない空間に来たみたいだ。


「……っ、さて、今日行った企業のまとめでもするか」


寂しさを紛らわすように、オレは緩くかぶりを振り、座ったソファの下に置いたバッグからカラフルに印刷された企業のパンフレットを取り出し、テーブルに広げた。
営業、販売、接客、サービス。軽く数えただけでも五、六社分の企業案内のパンフレットがテーブルを占領した。

大学に通うグリーンと違い、自身は高校卒業と同時に就職の道を選んだ。
だが、今は就職氷河期と呼ばれるほど若者の就職が厳しい時期だ。もちろん、自身もその影響を多大に受けている。

もう、これで何社受けて何社落ちたのだろう?考えるのさえも面倒だった。

でも、そんな時決まってグリーンさんは言うのだ。


『ま、そんなに気負うことも無いじゃねーか。お前に向かなかったんだしさ、もっと肩の力を抜けよ』


その言葉にふっと、肩の力が抜けた気がした。
それからいうもの、オレは前よりも就職活動に余裕を持てるようになったし、自分に自信を持つことが出来た。
今回は、きっと内定を貰えそうな気がする。


ピーンポーン


「……あ、はいっ!」


何社かパンフレットに目を通し始めた時、不意に玄関に設置してあったインターホンが鳴り、オレは弾かれるように顔を上げた。
急な来客の知らせに焦り立ち上がった時にカバンに足を引っ掛けながらも、オレは玄関のドアノブを捻り、扉を開けた。


「グリーンさ、…って、酒くさっ!!」

「お〜、ゴールド。ただいま〜」

「もう、べろべろじゃないですかっ!そんなになるまで飲まないで下さいよ…」

「う〜〜〜〜……」

「ほら、しっかりして下さい…」


扉を開けた先に姿を現したのはこの部屋のもう一人の住人、そして自身の恋人であるグリーンだった。
彼は合コンで飲酒をしたらしく、身体からはアルコール独特の匂いと飲みすぎて赤く染まった顔、そして千鳥足で玄関へと入ってきた。
彼の覚束ない足取りではいずれ転んでしまうと思ったので、オレは説教もそこそこに彼の腕を掴み肩に回して重い身体をリビングへ運ぼうとした。


「う……っ」

「うわっ?! ………〜〜〜〜っ!!」


既に船を漕ぎ始めている彼が、急に力を抜き全体重を掛けてきたせいでバランスを崩したオレは彼と共にリビングへ続く冷たい床へビタンと痛々しい音を立てて顔面から転んだ。
強かに打ち付けた鼻から鼻血は出ていなかったが、それでも痛いものは痛い。
オレは自身の上に倒れたグリーンさんに今度こそ声を荒げて言った。


「グリーンさんっ!いい加減にして下さいっ!! オレだって暇じゃないんですよ!!


「ん〜〜〜」

「ちょっと、寝るのはベッドに行ってからにして下さ、」

「ゴールド…」

「……っ?!」


胸元に倒れ込んだ彼の首を掴んで浮かせながらオレは言う。けれど、彼は生返事で返すばかりで一向に動こうとしない。
俯せに倒れた身体を回転させて仰向けにし、なんとか彼を引き離そうとすると、彼は今度は急に真剣な顔になったかと思うと顔を近付けてきた。
彼のその予測不能な行動に驚きながらも、オレは彼が着けている眼鏡に意識を持っていかれた。

彼は大学に進学すると決まった時、その眼鏡を購入した。
それは所謂伊達眼鏡であったのだが、なぜ彼がそんなものを掛けるのか分らなかったオレは、以前彼に理由を尋ねたことがある。
すると彼はにやりと笑いながら、


『俺の素顔はお前だけのもんだからな。だから、学校に行ってる間はこうして眼鏡を掛けておくんだよ』


そう言ってのけた。
あまりにも気障すぎるその言葉に、苦笑しか零れなかったのも思い出した。
そう思いながらもう一度眼鏡に視線を向けると、緑色のフレームがきらりと光り、反射した。


「お前、今日も就活しに行ってたんだな…」

「そうだって言ったじゃないですか」

「スーツ、似合ってねえな。…七五三みてぇ」

「あと何年かすれば慣れますよ。てか、一生懸命頑張ってるオレに失礼じゃないですか?」

「本当のことなんだ。仕方ねえだろ?……ああ、でも」

「…っ!? ちょ、グリーンさん、何をっ?!」


そう言って言葉を切った彼は、オレが未だ着たままのYシャツの中へするりと手を忍ばせてきた。
彼の急な行動を咎めるように声を掛ければ、それでも彼は不敵ににやりと微笑み言ってのけた。


「なんか、ムラムラした。…ヤりてぇ」

「は、ちょっ……こんなとこで盛んないで下さ……!」


それ以上言葉は続かなかった。
塞がれた唇から、彼が飲んであろうアルコールの匂いが口腔を侵す。
何度も角度を変えて唇を貪られながら器用にボタンを外す彼に、オレは呆れながらも好きにさせておくことにした。

彼が自身の見慣れないスーツ姿に欲情したように、自身も彼の見慣れない眼鏡に欲情したのだから。



(いつもと違う、互いの姿)



すごく、どきどきしている。