「ゴールドは、ポケモンとどうやって仲良くなったんだ?」
「へ?」
きょとん。音で表すならそんな感じに、オレは彼の質問に拍子抜けした。
だって、えらく真剣な顔付きで深刻そうに告げられた内容が自分にとってはひどく簡単な内容だったから。
「ポケモンが死んで、泣くほど悲しかったんだろ?どうしたらそこまでポケモンと心を通じ合わせることが出来るのか、正直、オレにはまだよく分らない」
「……それは、」
「以前、ドラゴン使い……ワタルって言う男にも言われたことがある。『君にはポケモンに対する愛情と信頼が足りない』って、ヒビキやコトネとバトルしていく中でなんとなく感じは掴めたんだけど、未だにオレの中ではしっくりこないというか…」
「ソウル…」
「ヒビキ達に言ったこともある。『愛情とか信頼とか、そんなの分んない』って…」
「それは…」
切羽詰まったような声が、部屋の空気を微かに揺らす。
やはり彼はシルバーと繋がっている。彼の話を聞きながらそんな風に漠然と思った。何故なら、オレも過去にシルバーと同じ様な会話をしたことがあるから。
その時とほぼ寸分違わぬ状況、思考が過去にシルバー、今はソウルを悩ませている。
オレからしてみればそんな簡単なこと、と感じるが、今のソウルは本当に真剣に、その悩みと向き合おうとしている。
だから、オレも真剣に彼の問い掛けに答えるように、そして諭すように優しい声音で話しかけた。
「何も、今すぐ分らなくたっていいんじゃないか?」
「え…?」
「ヒビキ達だってそんなすぐにポケモンと心を通わせた訳じゃないと思う。初めはどのポケモンも懐いてくれなくて、旅をして互いを分り合おうと努力していく内に、きっと今みたいな関係になれたんだと思うしさ」
「ゴールドもそうだったようにか…?」
「当り前さっ!オレだって旅を始めたばかりの頃は全然ポケモンが懐いてくれなくてな。引っ掻かれたり、噛みつかれたりもしたさ」
「そう、なのか…?」
「だけど、旅をして道端のトレーナーとバトルしたり、ジムに挑戦したり、そうしていく内に段々と仲良くなっていったんだ。…もちろん、シルバーやクリスもな!」
身振り手振り、自身の体験談も交えながら話してみるが、彼はまだ納得がいかないみたいで半信半疑のような眼差しを向けてくる。
「信頼は、なんとなく分った。けど、オレは“愛情”って言うものがイマイチ分らない」
「愛情…」
「ゴールドはポケモンのことを信頼し、そして愛してたんだろ?愛情を注いでいたから、死んだ時に涙が出たんだろう? でも、その愛情ってどんなものなんだ?」
「………」
ソウルは不器用だ。だが、そんな不器用さにオレは笑みが零れそうになった。
きっとヒビキ達と会う前のソウルは愛情も信頼も知らず、ただ強さだけを求めているだけの少年だった筈だ。
けど、今はこうしてポケモンを信頼し、不器用ながらも愛情を注ごうとしている。
そう、かつてのシルバーのように。
「ヒビキやコトネはオレに優しく接してくれる。二人は、……太陽みたいに暖かい。多分、あれが俗にいう“愛情”なんだと思う。……だけど、オレはそんな風に優しく接してくれるアイツ等にどうやって応えたらいいのか分らない。……愛情の注ぎ方なんて、知らないから」
「うん」
「でも、もらうばかりじゃ嫌なんだ。オレだって、……その、……アイツ等を大切に思ってるし、…」
「うん」
「だから、ゴールドなら分かると思って…」
「そっか…」
だから今日はオレの家に泊まると言って聞かなかったのか。数時間前からの疑問が一気に晴れたことにオレは内心安堵した。
彼は、今のシルバーのように自身から他人へ歩み寄ろうとしている。
そして、その助けをオレに求めている。
なら、オレがするべきことは一つ。
「…もし、言葉にすることが難しいのなら、……」
「なっ?!」
「…こうしてみればいいんじゃないか?」
腰掛けていたテーブルの椅子から身体を起こし、ベッドに座るソウルの身体をそっと抱き締める。
オレの急な行動に驚いたソウルだが、抱き締めるのと同時に放ったオレの言葉を聞いてえ、と言葉を漏らした。
「オレの心臓の音、聞こえるか?」
「ああ、……それに、……あったかい」
「人の心音って、不思議と安心出来るらしい。…そんな記述をどっかの文献で読んだことがあるんだ」
「…つまり?」
「ヒビキやコトネが言葉でくれた暖かさ、今度はソウルが、心の温かさで返してやればいいんじゃないか?」
「心の……温かさ?」
「そう。最初はヒビキもコトネも驚くかもしれない。でも、一言『しばらくこうしていて欲しい』そういえば、きっと何かがあの二人に伝わると思うから」
「………」
な? と念を押すように彼の身体を抱き締めたままの体制で語りかける。
「そんな簡単なことで良かったんだな」
「そうだよ」
「……ありがとう、ゴールド」
「…どういたしまして」
フッとソウルが笑みを零した気配がしたので、オレもつられてくすりと笑みを零す。
すると、悩みが解決したことに安心したのだろう。ソウルがオレの方に凭れ掛かり、うつらうつらし始めながらぽそりと零した。
「ゴールドのポケモンも、今のオレと同じ気持ちだったのかもしれない」
「なんだよ、それ」
「温かくて、優しくて、……ゴールドのパートナーとして生まれて、…嬉しかったと思ってると思う」
「……そっか、ありがとう」
「オレも、そんなトレーナーに……、人間になりた……」
最後の言葉は音になることは無く、彼の小さな寝息に掻き消された。
彼を起こさない様、オレは静かに彼をベッドに横たえる。
今度こそ本当に部屋の明かりを消そうと、彼にくるりと背を向けた時、不意に頬にナニかが伝った。
確認しなくたって、それがなんなのかすぐに分った。
ただ、こんな恰好悪いところソウルに見られたくなくて、オレは必死に声を押し殺しながら、小さく嗚咽を漏らして泣いた。
(とびっきりの愛情を)
「ありがとう。ソウル」
やっとのことで絞り出した声は、やっぱり震えていた。