黒子のバスケ | ナノ



とても久々にそれらを全部思い出して、胃の中を空っぽにした。

胃の中のものが全てなくなって胃液しか出てこない始末。

自分のなかでは忘れたと思っていた。だが“忘れたふりをしていた”だけだったのだ。


 ◆


食事をしたとしても戻してしまうのでどうしようもない。

ここ何日かでだいぶ体重が落ちたのではなかろうか。

夜もろくに眠れない。目の下には立派なクマが出来ていた。


「緑間ァ。てめーちゃんと寝てんのかよ」

「寝てます」

「ああ?見るかに……っておい!」

「っ真ちゃん!」


ぐらつく視界。宮地さんの背後から俺を見ていたあいつが、血相を変えて近寄ってくる姿が見えた。

――ガシッ


「……馬鹿じゃねえのお前」


倒れる寸前で俺の肩を掴んだのは、


「あ…おみね……」


不機嫌そうに眉間に皺を寄せた青峰が俺をきちんと立たせる。


「お前、なぜ……」

「……ちょっと面かせ」

「おい待て、いきなり何なのだよ!」


ぐ、と俺の手首を痛いくらいに掴む。

きょろきょろと辺りを見回して、ボールを持って唖然としている大坪さんと監督に顔を向ける。


「こいつ帰りますんで。あー…今日のわがまま三回分ってことで」

「あおみね……っ」

「ここで殴りかからないだけマシだろうが」


足がもつれそうになりながら振り返る。

その時目が合ったあいつは、伸ばした手をだらんと垂らした。


 ◆


一体何なのだよ。

俺は青峰につられてある公園へ来た。そこは帝光時代、部活帰りによく奴らと立ち寄った場所だ。

そこに待ち受けていたのは黒子と桃井。加わったのが俺と青峰だ。

何故こいつらが集まっているのか、何故俺が強制的にここへ連れてこられたのか。

――大方予想はついた。


「ミドリン……少し痩せた?ていうかやつれたのかな……」


桃井が手を伸ばしてくる。

俺は咄嗟にそれをはたいてしまった。そして俺の汚い部分が口から出てくる。


「なぜお前までいるのだよ、桃井」

「みど、」

「もともと女に生まれてきたお前に、俺の気持ちなんて分からないのだよ!」

「ミドリン…」

「何度自分が女であればよかったと思ったことか。お前には所詮分かるまい」

「分かるよ、ミドリンのきもち!」

「分かるものかっ」


言い過ぎた

そう思ったときにはもう遅かった。俺は胸倉を掴まれ、青峰に頬を殴られたのだ。


「てめぇ、さつきに謝りやがれ!」

「……」

「何のために俺らがここに集まってんのか分かってんのか!?分かってねえだろ。そうだよな、お前はいっつも自分の事しか考えてねえ」


青峰が怒っているのが伝わってくる。
だがそんな感情と裏腹に、青峰の顔は悲しそうに歪んでいた。


「お前が乗り越えないでどうすんだよ。高尾とかいうやつのことちゃんと好きなんじゃねえのかよ。……このまんまでいいのかよ緑間ァ!」

「やめてよ大ちゃん!」


青峰の手を掴んで、俺の胸倉を掴んでいた手を無理やり引き離す。
桃井が俺の前に両手を広げて立ちはだかった。

俺よりもだいぶ小さな桃井が、大きく見えた。


「簡単に乗り越えろだなんて言わないで!他人は簡単に言えるけど、経験した人にはとっても残酷な言葉なんだよ!?ミドリンの心もちゃんと考えてよっ」

「桃井……」

「だって……!」


桃井の小さな頭が震えている。
腕をだらんと垂らした桃井が、振り返る。
その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「怖かったよね…?痛かったよね…?苦しかったよね…?私には分かるよ、だって私も――」

「いい、桃井」


桃井が最後まで言う前に、俺はふわりと小さな身体を抱きしめた。
桃井は頭を胸にぐりぐり押し付けてきて、俺の身体を抱き返す。

ゆっくりと視線を上にあげると、青峰が……涙をこぼしていた。
あの、青峰、が。


「……俺は、可愛いころのお前なんて知らねえよ。知りたくもねえし興味もねえ」

「……ああ」

「俺の知ってる“緑間真太郎”ってやつは、最高にかっこいい男なんだよ」

「……そうか」

「確かに占い信じてる電波な奴だけどよ。ツンデレだし、手ぇ綺麗だし睫毛なげえし。爪もやすりとかで整えってし。なあお前知ってっか?」


青峰が近寄ってきて、俺の胸に顔をうずめる桃井のピンクの頭をぐしゃぐしゃと掻きまわす。


「試合の時、お前がスリー決める瞬間まじでかっこいいんだぜ?お前の手の中から放られるボールが、綺麗に弧を描いてゴールんなか入るんだよ。……お前が女みたい?笑わせんな。どこに女の要素があんだよ。俺は最高に男前なお前しか知らねえよ!」


きらきらとした、目が眩むような光。
ああ、これがそうなのか。

これがお前の見ていた世界なのだな、黒子。

お前を導く光は、これほどまでに強かったのだな。


「お前からそんなことを言われるとは思ってなかったのだよ」

「……言わせんな。かっこわりぃ」

「かっこ悪くなんかありませんよ、青峰くん」


いままで傍観していた黒子が近寄ってきて、笑いながら青峰を見上げる。
うるせえ、と言いながら黒子の頭を桃井と同じようにぐしゃぐしゃ掻きまわした。


「ね、緑間くん」

「……フン。ほんの少しだけなのだよ」

「ツンデレ乙」

「うるさいのだよッ」


なぜだか心に余裕が出た気がする。
青峰が来るまでずっと治まらなかった吐き気も今ではすっかり落ち着いた。
今なら高尾とちゃんと話が出来る気がする。あくまで気がするだけだが。


「もうあんなメール、やめてくださいね」

「……ああ」

「緑間くんの面倒見るなんて御免です」

「……ああ」

「緑間くんの親権は既に高尾くんにあげてるんですから」


親権……どちらかと言うとお前らの親が俺だと言いたいところだ。

だがこれだけ迷惑をかけて親も子もないが。


「高尾くんはちゃんと自分の言ったことを分かっています。二人でちゃんと話し合ってくださいね」

「まじ迷惑な話だっつの。この俺がわざわざ迎えまで行ってやったんだぜ。はやくくっつけよ」

「変な所で意地張らないでねミドリンー…っ」


少し過保護で少しうざい奴らだが、いてくれて良かったと心からそう思う。


 ◆


ちゃんと話し合える。そう意気込んだはずだった。


「――真ちゃん!」


だが結局無理で、高尾と会って反射的に逃げてきたのだ。空き教室に。

逃げ込んだ俺は高尾が開けられないように中から鍵をかける。


「俺らちゃんと話し合おうって!俺が全面的に悪いのは分かってる。だから、顔見て謝りたいんだって……!」


久々に高尾の声をこんなに近くで聞いたような気がする。

俺が座り込んでいるドアの外に、すぐそこに、高尾がいるのが分かる。

違う。こんなことがしたいわけじゃない。

高尾の顔を見たくないわけじゃない。声を聴きたくないわけじゃない。

会いたい。あいたい。逢いたい。


「――緑間ぁっ」


 好 き 


「俺、お前の事が好きだ!まじで……大切、なんだよ」

「……っ」

「お前の過去なんて、俺が塗り替える。女みたいな緑間なんて俺知らねえし、俺が好きになったお前は……お前は!ツンデレで、おは朝信者で変なラッキーアイテム毎日持ち歩いて、なのだよとか変な語尾だし、シュートレンジがコート内全部とか正直ワケ分かんねえし、むちゃくちゃだけどすっげえ努力家だし、女王様だし、もうそんなもん全部ひっくるめた“かっこいい男前”な緑間を……、高尾和成はちょう愛しちゃってんの」


――がらっ


「お前なんてデリカシーの欠片もなくて大嫌いなのだよ」

「そっか」

「190越えの男を好きだとか抜かす馬鹿だし」

「ひっでえ」

「いっつも俺を気に掛けるお前なんか……」

「うん?」


どうしようもなく好きなのだよ。


「真ちゃんのトラウマ知らなくて、傷つけてごめん。黒子宛てのメールも見ちゃってごめん。好きになったことは謝れない」

「……謝れ馬鹿尾」

「無理。だって好きになったこと後悔してないし悪いこととも思ってない」


……生徒の前で告白したことを謝れ。


「嫌なことあったり、一人じゃ耐えられないことがあったときは――これからは、俺を頼ってね、お願い真ちゃん……」

「黒子たちと違ってまだまだ半人前なのだよお前は」

「はは、手厳しー!てかまじ青峰殴りたいんだけど。勝手に真ちゃん連れ出してくれちゃって」

「青峰はお前を殴りたいと言っていたぞ」

「それは……まあ…ですよね」


塞ぎこんだりもしたけれど、俺は元気です。



秀徳高校バスケ部エースの緑間真太郎には

言ってはいけない言葉がある。

だがそれは、もう昔のはなし――。






:緑間真太郎への禁句2

もっとね…暗い話になるはずだったのだけれどね…
あまりにも可哀想な感じになったので変えました。
そしたら話がまとまりませんでした。

ちなみに桃井ちゃんが言いかけた「私も同じ」はいじめの部分です。あんだけ男前たちに囲まれてたらキセキ同盟(笑)とかファンクラブ(笑)の人たちからのいじめもあったのでは…とかいう勝手な想像。





緑間真太郎への禁句2



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