人間とキツネのお話 | ナノ
恩返しなんてファンタジー



「お兄ちゃん。どうして二つも手袋があるの?」


桃色の手袋をはめた妹ちゃんが首を傾げて尋ねてきた。

その手にはオレがどっちにしようかと迷っていた緑色の手袋が握られている。

オレは冷たい川で洗濯をしながら苦笑いを浮かべた。ゆっくりと流れる川の水に自分の顔が映っていて、なぜだかオレを助けてくれて手袋を買ってくれた人間の顔を思い浮かべた。

そして妹ちゃんのに困った笑顔を見せて、こう言った。


「兄ちゃんが、欲しかったのかも」


あの人間にまた会えたらお礼を言おうと思うが、その前にびっくりして逃げ出すかもしれない。

なんせ獣化しているぞと指摘された時の顔が怖かったのだ。


 ◆


大学で講義を受けながらぼうっと先日会った狐のことを考えていた。

今でもはっきりと記憶している。

背は多分世間一般で言うところの平均身長。髪型はセンター分けでぴょこりと飛び出たシールバーフォックスのような色の狐耳。手もそうだった。尻尾も。瞳はオレンジ色だった。

服は俺たちが着ているようなTシャツに黒のジーパン。寒そうな格好だったが、狐だと考えれば自分の体温が高いから平気なのかもしれない。

日本の妖怪だとか昔話などを研究している俺としてはもう一度会って詳しく話を聞いてみたいところだが……まあ会えるわけなかろう。期待はしない。


「緑間くん」

「どうしたのだよ」

「大坪さんが呼んでますよ」


黒子が指差す先にいたのは、二学年上の先輩だった。

ああ、そういえば大坪さんの実家が神社だから見に行きたいと俺が言っていたのだ。

多分その話だろう。大坪さんは神社に一人で住んでいるからいつでもいいとは言われていたが……俺がこのところ忙しく、昨日から落ち着いたので誘いに来てくれたのかもしれない。


「こんにちは、大坪さん」

「おう。緑間、大丈夫か?やつれてるぞ」

「このところ徹夜続きだったので……大丈夫です、元気ですから」

「そうか。今日暇なら神社を見に来ないかと誘いに来たんだが…どうする?」

「行きます。元は俺が頼んでいたことですから」

「なら荷物まとめて駐車場な。あ、あとちょっとうるさいのが二人ほどいるが気にしないでくれ」

「?はい」


じゃあ早くな、と大坪さんは俺に背中を向けた。

うるさいのが二人……?

大坪さんのご両親は早くに亡くなられて、神主になるため大坪さんはこの大学の神道学科に通っている。

前話したときは一人暮らしで寂しいものだ、と言っていたのだが誰か一緒に住んでいる人がいるのだろうか。親戚か?まあいても別に問題はないが。

俺は机に広げていた参考書やらノートやらを鞄にしまう。そんな俺の肩を誰かが叩いた。


「黒子?」

「今日は素敵な日になるといいですね」

「ああ」

「明日ぜひ話聞かせて下さいね」


いつもあまり笑わない黒子が、俺に向かって少し微笑む。
なんなのだよ今日の黒子は。怖いのだよ。
そう思いながらもああ、とだけ返して俺は鞄を持って駐車場へと急いだ。


 ◆


車でだいぶ走って、山の中までやっとたどり着く。

山の中は街とかと流れている空気が違うような気がする。

冷たい風が頬を掠った。


「道は覚えただろ?いつでも来いよ」

「ありがとうございま――…」

「ケンケンっ!ケー…ン゛ッ!?」


鳥居を眺めていたら、神社へと続く階段を軽快に上ってきた一人の……一匹の狐が俺の姿を見て驚愕した。もちろん俺も。


「あ、おい高尾どこ行くんだよ!って、あ?」


俺の顔を見て逃げ出したあの狐の後から来たのか、鳥居の外から俺を見て顔を歪ませた一人の男。……犬耳…?

犬耳をつけて(生やした?)もう冬だというのに着物の袖をめくって太い紐でくくっている男が睨みつけてくる。

そしてずんずんと鳥居をくぐってきて、俺の匂いを嗅いできた。


「……お前、人間かよ」

「え、は……?」

「泰介ぇ、なんでお前以外の人間がここにいんだよ!……もしかしてこいつ高尾の恩人?てかあいつ逃げやがった!」

「落ち着け、清志。緑間が驚いてるだろ」

「お、大坪さん……」


変わらず俺を威嚇してくる宮地とかいう男。
……正直怖い。目つきが悪い。犬耳にピアスしている。怖い。


「ははっ、緑間ごめんな。これがうるさい奴一号」

「一号とかそういう問題では……」

「一号とか言うな泰介ッ!」


ギャンギャン言う様は本当に犬のようだ。

像の上に本来乗っているはずの狛犬がいないところを見ると……この格好からしてもしかしてこの男が狛犬なのだろうか。

狛犬……こんなに目つきの悪い狛犬は嫌なのだよっっ!!


「お前いま目つき悪ぃとか思っただろう。ムカつく奴だわ」

「お、思ってないのだよ。それよりもあの、さっきの狐……」

「ああ?高尾?お前のこと言ってたからてっきり俺は礼とかすんのかと思ってたけど……いざとなったら逃げやがった」

「あの、あなたは何者……」


ああ゛!?と低い声を出される。こんなにガラの悪い人が神聖な神社にいていいのだろうか。


「見りゃ分かんだろ。ここの狛犬だっての」

「狛犬なんですか……耳にピアスしてますけど…」

「っるせーな文句あんのか緑頭ァ!」


ぐわっと胸倉を掴まれる。

殴られるのか?それは理不尽なのだよ!


「おい、清志!」

「け、ケンっ!!」


いきなり出てきた第三者の手が、狛犬男の手を掴む。

ケン、という鳴き声が聞こえてその方向を見ればそこには先日俺が手袋を買い与えた狐の姿があった。


「逃げたんじゃなかったのかよお前」

「ケンッ」

「あ?花?」


今の一言でどうして言葉が通じるんだ。

そういえばなぜこの狛犬男が人語を話せるんだ。


「……ケン!」


俺と街で出会った狐が、にっこり笑いながら俺に花を差し出してくる。

いまだ胸倉を掴まれながら俺はそれをもらった。

ふわりと香ってくる、水仙の匂い。俺の苦しさが和らいだと思ったら、狛犬男が手を離していた。

ほっとしたのも束の間。

狐男が抱き着いてきた。


「……っ!?!?」

「ケンっ!!」

「この前はありがとう。大好き。だってさ」

「は、離すのだよ馬鹿っ!」

「ケン゛っ」


頭をはたくと、痛そうに頭を押さえて俺から離れて行く。

――黒子。お前に明日話せるような内容じゃなかったのだよ。




:恩返しなんてファンタジー

宮地てんぱいは神社にいるのが長いので人語ぺらぺら。
そして大坪さんと宮地さんの口調が迷子。






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