人間と狐と手袋
『いいかい、和成。決して人間になってはならないよ。でももし化けなくてはならなくなったときは、絶対に人間に見られないこと。分かったかい?……僕はお前たちをいつも見守っているからね』
昔、誰かにそう言われたような気がする。
誰に言われのかは覚えていない。ただ、とても綺麗だったような……そんな気がする。
◆
そろそろ寒くなってきた。
大学からの帰り、俺は寒さで冷えた手をポケットに突っ込みながらそんなことを考えていた。
空を見上げると、冬らしい曇天。そろそろ手袋を買わなければいけない時期になってきた。
「……買いに行くか」
黒子にも散々、冷え性なんだから手袋を買えと言われてきた。
中学や高校のときは別段気にもしなかったが、バスケをしなくなって体力が下がったのか新陳代謝も悪くなってきたので、今更ではあるが自分の身体を気遣う事にしよう。
自分で手袋を買うのは何年振りだろうか。いや、もしかしたら買ったことがないような気もする。手袋をしていた時期さえ思い出せないのだから。
とりあえず俺は前黒子が言っていた手袋の専門店へ足を運んだ。
男物が置いてあるコーナーへ行き、品定めする。
レザー…ニット…布地……
俺の普段の服装から考えてレザーがいいだろか。
「スタンダードに黒…か」
手に取ってみたものをはめてみると、デザイン性もいい。あたたかいぞこれは。
レザーというものは冷たい感覚だったが、実際はめてみるとそうでもない。
「ケン……?」
よしこれに決めた、と思ったとき隣のコーナーからうーんうーんと唸っている声が聞こえた。
ちらりと横目で見ると、俺と同じくらいの年の男がキッズコーナーに置いてある桃色の手袋と緑色の手袋を見ていた。
子供……は早いか。いや、今時は若くして結婚する人も増えているからもしかしたら……いや、俺は何を考えているんだ。妹にかもしれないのに。
俺が気にすることでもない。
「ケーン……」
……ケン?
早く決めるのだよ優柔不断め、などと思ってまたちらりと横目で見てぎょっとした。
こいつ……片手獣化しているのだよ……!!!!!!!!!
どういうことだ、これは。幻覚か。このところレポートに根詰めていたから疲れているのかもしれない。
人間の手が狐のような手になっているなんて、手袋を買いに来た狐じゃあるまいし。
「ケーン……っ!」
こいつ、気が付いていない。ケン、てもしかして鳴き声か……!?
「お、お前……」
「?」
「手が、獣化しているのだよ」
俺が顔を引きつらせながら言うと、男は目をぱちぱちさせてそろりと手袋を握っている自分の手を見た。
一瞬にして顔の血の気が引いていく。
「……っ!!」
「貸せ」
俺は男が握っている二つの手袋を手の中から奪う。
ケン!と言う制止の声を聞かずに、自分の手袋と一緒にレジへ持っていく。
会計を済ませて、後ろに手を隠している馬鹿な狐と共に店を出た。
「ケ……ケンっ」
「その手は、本物か?」
「……」
人気のない路地裏へ行って、後ろに隠している手を指差す。
男は目をきょろきょろさせてから獣化した手と、尻尾を出した。
「人間に化ける狐は、本当にいたのだな」
ごわごわした毛並みの手を触ってみる。
男は不安そうに俺を見つめていた。
俺はため息をついて、手袋の入った袋を渡す。
「取って食おうだなんて思っていないのだよ。ほら、さっさとここから離れたほうがいい。見つかったら大変なのだよ」
「!!」
俺から袋を受け取って、男は尻尾をしまってから路地裏から去って行った。
ふう……研究者として放っておけない実態なのだよ。
:人間と狐と手袋
手袋を買いに、のスタンスで出会いは書きました。
最初高尾を普通に喋らせていて、設定を思い出して慌てて「ケン」に書きなおしました(笑)
喋れない高尾を表現するのって難しい……。
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