そこは舟の上でした。波に合わせてゆらゆらと揺れて、どうやらわたしは何処かへと向かっているようでした。
ぼんやりしていると緩やかな風が吹き髪を乱したので、それを直すべく片手を持ち上げました。ばらばらと花びらが落ちます。わたしが身体を動かす度に身体中から花びらが零れ落ちてゆくのです。その感覚に慣れないためにわたしが身じろぎをするとさらにさらに花びらが落ちていき、とうとう花びらは舟をいっぱいにしてしまいました。沢山の色が混ざって、もはや美しいとは言えなくなってしまった花たち。蜜があるわけではないのに濃厚な匂いを放つ花たち。酔ってしまったわたしはそれらを押し潰すかのように舟に横たわったのです。すると、すぐ足元がぎしりと軋みました。「おかえり」その声からすぐ彼の顔を連想してしまい顔をしかめました。彼との記憶は悪いものばかりなのです。「かえってきたつもりはないのだけれど」「それでも君はここにいるのだから、帰ってきたということになるんだよ」優しい振りをする声を無視して極力彼を見ないようにして、わたしは空ばかりを見ていました。遮るものは何もなく、ただ真っ白で青色ひとつない空が広がっています。空だけでなく島は何もかもが真っ白なのです。「あいかわらずしろいのね。……こんなにもつまらないせかいに、どうしてあなたはいつまでもこだわるの」少しの間沈黙がありました。「音だけは残っているから。音さえあれば君の足音も分かるし、君の歌声も聞こえる」歌声。久しぶりにその単語を耳にしました。わたしはもう歌えないというのに、彼は何を言っているのでしょうか。歌えていた頃のわたしが瞼の裏に蘇り、それを消し去るために瞬きを繰り返すと、花びらが鬱陶しく顔を覆いました。
その時、わたしの表面を風が撫でました。そして気付けば、見ないようにと顔を背けつづけていた彼の顔が目の前にあったのです。わたしと彼の唇が触れ合っていました。押し返したかったのに、なぜか嫌だとは思わなかったのです。花びらが舞い上がりました。いつのまにか風はうんと強くて、わたしまでも飛ばされそうで、しかし唇はまだそのままだった上に彼がわたしの身体を抱きしめて離さないのでした。暫くして彼が唇を離しました。「もうどこにも行かないで。僕と一緒にずっとずっとこの島にいようよ」彼の大きな瞳にわたしの顔が映っているのが分かりました。驚きを隠せていない、随分と間抜けた表情をしています。「また君の歌が聞きたい」彼の滑らかな指先がわたしの唇をなぞりました。何億年も前の記憶。初めて彼 と出会 った時 に も唇をな ぞられた わた しは音符 を口 ずさみ そし て 今も    。






遠い昔の神代の時代。
神の楽園というものがあったそうで。





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