土曜の夜はいつもに増して静かだ。平日に比べ電車の数は少ないし、こんな田舎にわざわざ訪れる人もめったにいない。けれども私はそんな夜のプラットホームが一番好きで、誰かを待っているわけでもないのにベンチで夜風を感じていた。
遠くから光が近付いてくるのが見えるとアナウンスが入る。さて、あの電車が着いたら私もそろそろ家に帰ろう。

「久しぶり」
びっくりして目の前の男性を見上げた。電車から降りてきて真っ直ぐに向かってきたようなので戸惑ってなかなか言葉が出なかった。
「……もしかして、基山くん?!」
「うん!覚えていてくれたなんて、嬉しいな」
「だって有名人だったじゃない」
「あはは、そうだったかな?」
私が中学生だった当時、途中から転校してきた基山くんは女子の憧れの的だった。大人びた都会的な雰囲気がクラスメイトの男子とは格段に違ったのである。女子の中には積極的に話しかけて仲良くなろうとする人が沢山いたけれど、私はそういうのが苦手で、いつも遠くからぼうっと眺めているだけだった。

そんな学生時代からすると考えられないことだが、私は基山くんと二人きりで歩いていた。駅前から真っ直ぐに続く静まりかえった商店街を抜けて、川沿いの道に出た。
土手のグラウンドを見ると必ず思い出す。基山くんはずっとこの場所でひとりボールを追いかけていた。
「ーーでも、基山くんの方こそ私を覚えていたなんてびっくりだよ」
「ふふ、俺が夢野さんのことを忘れるわけがないだろ?」
驚いて足が止まりそうになった。
でも基山くんは変わらないテンポで歩き続けていたから、きっと、特に意味なんてないのだろう。昔から彼は、そんなふうに思わせぶりなことばかりだったという噂を聞いたことがある。

「あーあ、星がきれいだ」
大きく夜空を見上げて基山くんがひとりごとみたいに言った。
「俺のビルさ、折角大きい窓があるのに何にも見えないんだ。星も、月も、なーんにも。だから、しばらくこっちにいるよ」
「それって一旦あのお家に戻って暮らすってこと?」
「もちろん!」
そんなに元気よく返事されたら困ってしまう。ここに戻ってくるだなんて余程の心境の変化があったのではないのだろうか。
「部屋どうなってるかな、姉さんが片付けちゃったかもしれないなぁ」
「あ、あのさ…、向こうで何か… 」
「何もないよ。何もないけれど、ふと帰りたくなっただけ」
学生時代と同じ、作ったような笑顔だった。
「じゃあ俺はここで」
「…また会えたらいいね、」
「そうだね」
基山くんが分かれ道の左側に足を進めて行くのを私は見えなくなるまで見つめていた。
その後基山くんのことは見ていない。




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