「悪い!忘れ物したから先に帰っていてくれ」
昇降口で帰り支度していた神童に謝って、俺は教室へ引き返した。
ズボンのポケットに入れておいたはずのケータイが見当たらないのだ。体育の授業で着替えた時にそれをポケットから出して机の奥にしまい込み……そのままだったかもしれない。
授業も部活も終わった放課後となると学校は静まり返っていて、ほとんどの教室の明かりは消えていた。まるで時間が止まっているみたいだ。そう急がなくてもいいか、と階段を一段飛ばししていた足を緩めてゆっくり上った。

「ん…?」
俺の教室の明かりが付いていた。誰か残っているのだろうか。
そっと教室を覗くと、椅子に座っているひとりの女子の後ろ姿が見えた。俺の髪より少し短いくらいの黒髪を一つに束ね、寒そうに縮こまっている。その姿に心当たりがある俺は嬉しくなった。静かに忍び寄って、ふぅと耳に息を吹き掛ける。
「ひ…!」
肩をびくんと揺らして振り返った彼女は、ずり落ちた眼鏡を押さえて俺の顔を見上げた。案の定、その顔は真っ赤になっていた。
「…き、霧野くん……」
「顔、すごく赤いけどどうしたんだ?」
態とそれを指摘すると慌てて夢子はその場にあったノートで顔を隠した。
――夢野夢子は俺の彼女である。学年トップの成績で校則もきっちりと守っている、所謂"真面目な子"だ。地味だとかダサいとか言うやつもいるが、こうして放課後にまで残って勉強をしている一生懸命な夢子はむしろ格好いいと思う。というか、そんな夢子が俺は好きだった。
「今日は英語をやっているんだな」
夢子が手に持ったノートには整った英字が並んでいた。
「は、ずかしいから…見ないでよ……」
ぎゅうとノートを抱き寄せる仕種が可愛く思えてならない。だから、意地悪をしたくなってしまう。
「見せてみろよ」
「あっ…ちょっと!霧野くんっ…だめ!」
ノートを取り返そうと立ち上がる夢子だったが、俺の手の先まで身長が届かないようで苦戦している。
……本人は気付いていないようだが俺達の距離は本当に近く、身体と身体が触れ合ってしまいそうだ。男子とあまり話さない彼女は極度の恥ずかしがりで、だからこの近さに気付いた時の反応が楽しみだ。
それにしても。ここまで必死な夢子は見たことがない。見られたくないことでも書いてあるのだろうか。
両手を上げてノートを開こうとした時だった。
「やめてっ…!」
思い切りジャンプした夢子が着地に失敗して俺の方へ倒れ込む。咄嗟に彼女を守ろうと抱き寄せてしまった。そのまま俺は押し倒される形で床に転んだ。
「大丈夫か、夢子?」
「うん、私はへい、き…。でも、……」
次第に自分の状況に気がついてきた彼女の声は小さくなり顔はみるみるうちに赤くなった。退こうとじたばたしているが、俺が抱き寄せているので動けない。そこで仕方なく俺の胸に顔を押し当てて照れ隠しをしているようだった。
その隙にノートをパラパラとめくる。きれいな綴り字の羅列にシンプルな配色。参考書みたいだ。そんなページ達の一部に何か文字でないものを発見した。
「……これって…。なあ、」
「……」
「もしかして俺?」
ノートの端の方にある落書き。雷門中の制服を着た二つ結びの男子の絵で、そんなやつ俺しかいない。
夢子はそれを目にすると、慌ててすぐに下を向いてしまった。
「それだけは見られたくなかったのに…」
「なんで?」
「だって、恥ずかしいじゃない!」
「でも俺は嬉しかったな」
「……?」
「授業中に俺のこと、ずっと考えてたってことだろ?」
「だって、………」困ったように言葉を詰まらせる夢子が可愛くて。ぐるん、と体勢を逆転させて俺が上から見下ろした。
これにはさすがに慌てた夢子が逃げだそうとするが、そんなの俺が許さない。その両手首を床に押し付けた。
「なにするの!」
「さあ、何だろうな」
涙目で反抗する夢子に悪戯心が沸く。思わず彼女の赤い唇にキスをした。
「俺のこと好きなんだろ?」
夢子が俺を好きなことぐらい分かっている。ただ、たまにその気持ちを直接聞きたくなるのだ。
返事を待ってみるが目線を反らされたままだった。それならば、とまたキスをする。
「正直に言ってくれるまで止めないぜ」
「何を、んっ……」
開いた唇を塞ぐようにキスをして隙間から舌を滑り込ませる。そして素早く内側を乱す。
それだけのことで夢子はもう限界のようで、息を荒くしていた。
「べろちゅー、もっとされてもいいの?」
「……」
「じゃあ教えてくれよ。俺のこと、どう思ってるんだ?」
かあああ、と真っ赤になっていく夢子の頬を撫でる。林檎みたいだ。暫くして彼女は口を開いた。
「…………、好き」
「聞こえない」
「っ…!!」
すると、ぐいっと首が引き寄せられた。積極的な動作に驚きつつも嬉しくて心臓の音が早くなる。
夢子の唇が耳元に触れたかと思うと、
「霧野くんのこと、大好き」と小さな声で囁かれた。
それから胸板を押されて二人の距離は離れる。
「でも…今日みたいな霧野くんは、……ちょっとだけ怖いん、っ……」
涙目で俺を見上げていた夢子にキスをした。
「ばーか、男はみんな狼なんだよ」





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