初日ほど酷くは無かったけれど、私は学校へ行っては嫌がらせを受けていた。いい加減に飽きてほしいと願うも、主犯らしき三つ編みの少女―確か名前は山菜茜といった気がする―は止める気がないようだ。
新しい痣や傷を負って帰ると決まってシュウには何かしら言い訳を作っていた。その度に彼は私に優しく手当てをしてくれた。

そんなある日の朝、いつになく身体が重い。そろそろ身体が疲れてきたのかな早退してしまおうかな、なんて考えながら今日も隠されてしまった上履きを探した。
いつまでも学校に残って友達と楽しむためにあるらしい放課後、騒がしくお喋りをするクラスメイトの中で、私は教室掃除をしていた。(とは言っても、毎日やらされているのだけれど…。)
やっとそれが終わり、水道で雑巾を絞っていたときだった。急に身体が冷たくなる。そして耳元のすぐ近くから水滴の音がした。
「えっ……?!」
「こんにちは、夢野さん」
「ど、どうも…」
くすくすと厭らしい笑い声がある真ん中には山菜茜がいた。
「もっと水遊びさせてあげよう?」
彼女の取り巻きの女子達は、水の入ったバケツや水道に繋がったホースを手に持っていた。……これは水をかけられるに決まっている。早くここから立ち去れば大丈夫だ…!
「あれ…」
しかし、すぅと気が遠くなって目眩がした。思わずその場に倒れ込む。こんな時に体調が悪くなるなんて、と自分を恨んだ。
「やってほしいみたいね」
「ふふふ、ばっかみたい!」
ぴしゃりと水が掛けられて、全身が水浸しになる。身体は冷たくなっていくはずなのに、悔しさと恥ずかしさでどんどん熱くなっていった。
私ってば何やってるんだろ。先生に相談したいのに言えなくて。止めてほしいのに言えなくて。本当は色んなことを思っているのに何もできない、すごく内気で可哀相な子――。


「きゃあ!」
山菜茜の悲鳴が聞こえた。
「やばいよ茜さん!」
「あ、あたし先に行くから…!!」
顔を上げると、逃げてゆく数人の女子の後ろ姿と空中に浮かぶバケツとがあった。山菜茜は私を睨みつけて心底気持ち悪そうに「化け物…」と吐き捨てて去っていった。
突然の出来事だったが、すぐにある人物の顔が浮かぶ。

「シュウ?」

「……見つかっちゃったね」
困ったように笑いながら、物陰からひょっこり出てきたのはやはりシュウだった。

「夢子、君は…「何で学校にいるの!シ、シュウは部屋にいてよ!」
そっぽを向いてシュウの言葉を遮った。こんな姿を見られたくなかったから、学校には来て欲しくなかった。
「そもそも、どうして学校に来ることができたの?」
「学校に行きたくて、だから昨晩は少し多めに精力を頂きまして」
「少し多めに頂きまして〜じゃなくて!そのお陰で今日は体調が悪かったんだから…」
「ごめん」
それでもまだ私はそっぽを向きつづけていた。
「だ、だいたい!シュウがいなくたって、私はひとりで大丈夫だったんだから!幽霊は学校に来ようだなんて思わなくていいの!」
あっ……、言いすぎてしまった…。さっと頭が冷えて我に返る。シュウも中学生だと聞いたから、きっと学校に行きたいはず。それなのに、それなのに私はなんて無神経だったのだろう。
自分のことしか考えていなかった。そう思うとぐるぐると自己嫌悪に陥っていく。
謝りたい。私はシュウに向き直った。

――しかし、彼の表情を見たら言葉が消えてしまったのだ。
それは怒った顔でも悲しそうな顔でもない。
春の木漏れ日のような、私を包み込む笑顔で微笑んでいた。
「僕は大丈夫だよ」
「シュ、…ウ………」
瞼が重く視界がぼんやりして意識が遠退いていく。
身体が傾いてバランスを取ろうと伸ばした手は、何かにそっと握られた。







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