風丸くんの朝ごはんはいつもパンを一切れだけなの。それじゃあ足りないんじゃない?って聞いたら、変な笑い方してた。作ってあげるよ?って聞いたら、またその表情。わたしと一緒の風丸くんは、何て言うか、ぎこちない笑みが多いみたい。そうね、風丸くんは照れているのね。

風丸くんは何が好きなのかな。わたしはソファの上でじっと考え込んでいた。あ、おかえり。風丸くんが帰ってきた。わたしを見て少し顔を歪めたのは照れ隠しね?風丸くんかわいい。わたしは風丸くんの上着を受け取る。そしてアイロンをかけたばかりで少し暖かい風丸くんの部屋着を手渡した。

風丸くん、わたしって少しは料理が上手くなった?今日のカレー美味しいでしょう?風丸くんは小さく頭を動かした。わ!嬉しい!美味しいってことね!ありがとう!思わずほっぺたが熱くなってしまった。そんなわたしを見てか、風丸くんは笑った。たまに見せてくれる自然な笑顔。わたしの心臓がいつになく早く動いてる。この笑顔が大好き。風丸くん、大好き。

風丸くんはご飯とかお魚とか和食が好きらしい。今日の朝ごはんは和食にしようかな。リビングのソファの上で目を覚ましたわたしは台所へ向かった。ふふ、きっと喜んでくれるよね。風丸くんの笑った顔を見るのが、とっても楽しみ。わたしが朝ごはんをテーブルの上に持っていく。すると風丸くんは驚くの。こんなに美味しそうな朝食は見たことがない、って。そうして、一口食べたらまた驚くの。こんなに美味しい朝食は食べたことがない、って。笑顔の風丸くんにわたしも笑顔になっちゃうんだろうな。笑顔に……。


「風丸くん?」
朝ごはんをテーブルに持っていくと、リビングには誰もいなかった。
「風丸くん、風丸くんは、どこ?」
寝室にも洗面所も、どこもかしこも静かで誰もいない。無機質な空気が通り抜ける。
玄関へ行くといつものスニーカーが無かった。
「なあんだ、学校に、いっちゃったの」
じゃあ持っていけばいいだけだ。ご飯も魚も梅干しも豆腐も卵焼きも佃煮も味噌汁も、全部をお弁当箱に詰め込む。きっと喜んでくれるよね。

風丸くんがどこにいるかなんてすぐに分かっちゃう。ほら、そこで友達と…楽しそう。
「風丸くん、今日ね、わたし、朝ごはんをつくったんだよ!でも、風丸くんが、いっちゃったから、お昼に食べてもらいたくて、持ってきたの」
風丸くんは無表情だった。友達はどうしてかちらちらと風丸くんとわたしを見る。
「ね、風丸くん、わたし、」

「…もう俺に関わらないでほしい」

時間がとまった。そう感じた。わたしの中でわたしの何かが風丸くんの言葉によっておかしくなった、みたい。

「なんで、そんなこと、言うの」
「お前はそろそろ家に帰った方がいい。家族がきっと心配していると思う」
「なんで、そんなこと、……」

かしゃん。と軽い音を立てて、わたしの手からお弁当箱が滑り落ちた。





わたしが今まで住んでいた家に帰れば、お兄さまもお姉さまもお手伝いさんもみんながわたしに優しい。可愛いドレスも楽しい玩具も愛らしいペットだってある。広いお庭ではいつでも美しい花が咲いて、屋上の天文台からはどんな小さな星も見ることができるの。――でも、風丸くんには敵わない。世界中のなにもかもを集めたって風丸くんには敵わないよ。風丸くんはときどきわたしに辛くあたるけど、やっぱりわたしには風丸くんしかいない。どんなに不幸せでもいいから風丸くんと一緒にいたい。わたしの帰る場所。ここがわたしのお家。風丸くんが何を言ってもこれだけはゆずれない。今日もカレー作って待ってるからね。だから早く帰ってきてね、風丸くん。




風丸くん、今夜はきれいな満月だよ。

でもお月さまなんて大嫌い。



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