波の音が響いて体中に広がる。そのまま私の頭の中を埋め尽くしてくれればいいのに。嬉しいことも、悲しいことも、何も考えられなくなってしまえばいいのに。そうなってしまえばどんなに楽になれることだろう。けれども私は人間だから、感情を司る器官が脳に備わっているから。嬉しいことも、悲しいことも、もっともっと色んなことも考えて頭がじんじんと唸る。

波打際に座り込んで海水に足先を浸す。すると、とても冷たく感じた。夏はよく海に遊びに行った。けれど海とはこんなに冷いものではなかったはずだ。
小刻みな波は絶えることを知らない。時折激しい波が押し寄せて私の腰の辺りで泡が弾けていく。私もこの白い泡になれたなら……。

「夢子!!」
後ろから聞こえた、いつも冷静な彼にしては珍しい大きな声。それが波の音を掻き分けて真っ直ぐ届いたものだから、海を進んでいた私は無意識に立ち止まってしまった。突然に抱きつかれバランスをくずして傾く。それを彼はいとも簡単に抱き寄せる。彼の身体の温かさをじんわりと感じた。
「何、やってるの」
「…………」
「ねえ」
「…」
「夢子っ…」
彼の手を振り払いさらに深くまで進もうとしたのに彼は私を離してくれない。海水が私の腰のあたりで揺れて、ぴたりと張り付いたスカートが煩わしい。
「……一緒に帰ろう」
気付けば、ぎゅうと閉じた瞼の裏が熱かった。その熱いものが頬を伝う。こぼれ落ちて海と混じり合うものもあれば、優しい彼の指で掬われてゆくものもあった。



「ごめんなさい」

波の音が途切れたその一瞬に、私は自分でも聞こえないくらいか細い声で謝った。
彼と、私の中で死んでしまった彼女に。




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