みんなで掃除をしていたはずなのにいつの間にか誰もいなくなっていた。
ランドセルが沢山机にぶら下がっているから多くのクラスメイトはまだ学校にいるはず。
(またサッカーかな。)
窓から校庭を見下ろすとやっぱり男子はサッカーに夢中。蘭丸くんなんかオレがホウキやるよ!って張り切っていたのに、教卓の上に放りだしている。わたしはお姉さんぶって「しょうがないなあ」と呟き、ホウキをロッカーにしまった。

赤いランドセルを背負って4階の階段をゆっくりと下りる。校舎はとても静かで、わたしの足音だけが場違いのように大きく聞こえた。しかし、2階の音楽室に近付くにつれて、ピアノの音色が聞こえ始めた。
そっと音楽室のドアを開けると、さらに音が響いてくる。不思議と懐かしいその曲は、名前は知らないけれど確かに聞いたことがある。ピアノを弾いている人から見えないところに座って、じっと耳を傾けた。





曲が終わり最後の余韻が消えた後、わたしは勢いよく立ち上がって手を叩いた。
「うわっ」
するとわたしに驚いたらしい誰かの声が聞こえた。
「すごく上手だったよ!!わたし感動しちゃった!」
「あ、ありがとう…」
ピアノにかけ寄ると弾いていた男の子は照れくさそうに頭をかいた。
「神童くんだ!」
「え?あ、ああ、そうだけど…おれの名前知ってるの?」
「もちろん!だってピアノが上手って有名だもん。ねえ、何の曲を弾いてたの?」
「亡き王女のためのパヴァーヌ。でも、まだおれには難しいから編曲してあるんだ。……お前はピアノ弾いたことあるのか?」
「ううん、全然ないよ」
鍵盤の白いところをなぞりながら、先程の曲を口ずさむ。指が鍵盤に引っ掛かって、小さな音を鳴らした。
「弾いてみる?」
「いいの!?」
「もちろんだよ。さあ、椅子に座って。…ここが真ん中のド」
わたしを包み込むようにして、神童くんが後ろから右手を掴んだ。
「わ、」
かあああ、と顔が熱くなるのが分かった。誰かと近いってだけで心臓の音が早くなるなんて、こんなこと今までになかった。何かの病気にかかっているみたいに身体が熱いし、心臓の音だっておかしい。
「指、熱いけど、熱あるのか?」
「えっ!あ、あの、ごめんっ、大丈夫だから、続けて」
「じゃあ、さっきの曲を弾いてみる?」
「う、うん!」
再び右手をぎゅっとされて、白い鍵盤の上に置かれる。とん、と軽く叩くと音が響いた。
「これが初めの音のソ。じゃあ手を広げて」
「このくらい?」
震える手をやんわり開くと、神童くんは頷いた。
「どんどんいくからな」
白、黒、白、白。たどたどしくも神童くんに導かれながら弾いていく。するとメロディらしきものが浮かび上がった。
「すごいっ…わたしでも弾けた!」
「ああ!お前は飲み込みが早い」
無意識なのか、神童くんは鍵盤の上でわたしの手を握った。いつもの調子に戻りかけていた鼓動がまた早くなる。
「人ってさ、できると思えば何でもできちゃうと思うんだよ」
不意に神童くんの声音が変わったような、気がした。
「でも大抵の人は、できないって思い込んで、自分で限界を決めてしまっているんだ。そう思わないか?」
「わたしもそう思う」だなんて簡単に肯定させない口調だった。もしかしたら神童くんは自分が後者だと感じているのかもしれない。それならば、何に対して限界を決めてしまっているのだろうか。しかし今日初めて出会った相手に何かを打ち明けてくれるはずがない。また、わたしが神童くんのことを全て理解しているわけでもない。それでもわたしは神童くんの力になりたいと思った。
ゆき場を失った指先は白い鍵盤と黒い鍵盤の間を行ったり来たりして、それでもわたしの熱はなかなか引いてくれなかった。


初恋エレジー



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