帰り道で忘れ物に気が付き私は教室へ戻った。
その時、見てしまった。教室でキスをしている一組のカップルを。
「わ……」
思わず声を出してしまった口を慌ててふさぐ。けれど恋愛をしたことのない私にとってキスとはどんなものか、とても興味がある。ファーストキスはレモン味って本当かな。
廊下からこっそりと覗き見る。女の子はこちらに背を向けていて顔が分からない。でも男の子の顔は見える。同じクラスのサッカー部の人だ。
二人はすごく幸せそう。付き合う、ってこういうことなんだろうな。教室からは死角になっているロッカーの陰に座り幸福感に浸る。他人のキスを覗き見して幸せになっちゃうなんて気持ち悪いけど、まあ、いいや。私もいつか恋人ができた時にはあんな風に幸せなキスがしたいなー……なんて乙女的思考が暫く続いたけれど、教室に来た本来の目的は忘れ物だ。二人が帰った頃を見計らって教室に入らなくちゃ。

やがて足音が遠ざかっていったから二人は帰ったのだろう。そっと教室に入った。
「夢野さん」
「うわあっ!!」
振り返ると後ろに久遠くんが立っていた。
「く、くく久遠くん、どうしたの!?」
「生徒会が長引いちゃって」「びっくりした……。久遠くん、何してるの?」
「何かをしているというわけではないけれど…、夢野さんは?」
「私は忘れ物を取りに」
はあ、と心の中で大きく溜息をつく。誰もいないと思っていたのに、まさか久遠くんが教室にくるなんて。本当に驚いた。

「……?」
机の中を見たが、忘れたはずのノート類がない。机の中はすっからかんだった。あのノートがないと宿題ができないのに。どうしよう。
「どうしたの」
久遠くんが首を傾げて私に尋ねた。男の子にしては高い声だし、やけに淡々とした話し方だなあ。とかどうでもいいことが頭に浮かんだ。
「忘れ物が見つからないの。青い大学ノートが2冊とプリント何枚かなんだけど、見なかった?」
「ごめんね。見なかったよ」
「そっか、」
沈黙が続く。…じゃあ私は帰るね、と言い、踵を返すと不意に腕を掴まれ強い力で引っ張られた。
「なに?……、…」

唇に柔らかい感触。
驚いて目を大きくすると久遠くんの顔がすぐ近くにあって、これはきっと、キス、されているんだ。




長い時間が過ぎたように思えた。が、壁の時計を見ると実際には数秒だったらしい。
久遠くんがゆっくりと唇を離した。
私は何て言ったら良いか分からなくて、ただ彼の瞳を見つめていた。

「どう?」
沈黙を断ち切ったのは彼の一言。
「…何のこと」
「ファーストキスの感想を聞いているんだよ」
何でファーストキスって知っているの、と聞こうとして口をつぐんだ。だってそんなこと聞いたって何も変わらないと思ったから。
「感想、ね…」
初めはいきなりでとても驚いた。真っ赤な顔してただろうな。でも次第に冷静になってきて真っ先に考えたのは、
「レモン味じゃなくて、砂糖菓子の味だった」
こんな恥ずかしいことを言ってもいいものかと久遠くんの顔を見ると、彼は楽しそうに笑っていた。
「さっき、夢野さんが教室を覗いているのを見たんだ。そうしたら君、キスをしてみたいようだったから」

にこにことする久遠くんだけど、彼の言葉が引っ掛かった。

「私がキスをしたいように見えたから、キスをしたの?」
「うん」
「…そんなの、おかしいよ」
「どうして」
「だってキスは、好きな人とするものなんでしょ?久遠くんは誰とでもただなんとなくキスしちゃうの?す、好きでもないのにキスなんかしないでよ…!!」
思わず目頭が熱くなる。でもなんでこんなに必死になっているのだろう。まさか私は、久遠くんのことが…好きなのかもしれない。
「違うよ夢野さん。なんとなくじゃないんだよ。僕は君のことが好きなんだ」
「だから私は!……ん?い、いま何て言った?」
「僕は君が好きだ」


さっきまでの勢いが嘘みたいに消えていって、力が抜けた私は床に座り込んだ。今までにないくらい顔が熱い。
「そんなわけ…ないでしょ」
「ううん、」
すっと久遠くんがしゃがんで私を抱きしめた。彼の髪がくすぐったい。蜂蜜のような甘い匂いがする。心臓のどきどきが止まらない私の耳に、久遠くんがふうっと息を吹きかけて囁いた。

「本当だよ」









――――

ノートとプリントは久遠くんが美味しくいただきました。






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