私は森の中でひとり静かに暮らしている。朝は早く起きて森の新鮮な野菜を採りに行き、昼は少し歩いたところにある町で野菜を売り、夜は早めに眠りにつく。そんな規則正しい生活を送っている私なのだが昨日は特別だった。読みたかった本が町で安く売っていたので奮発して買い、それを読むことに夜中まで没頭してしまったのだ。そのため今日の朝はとても眠くどうしても起きられない。だから私は仕方なくもう少し眠ることにした。しかし今思えば私の人生を大きく変えたのはこの判断だったのだ。


…ぼんやりとベッドで横になっている私の耳にドアをノックする音が聞こえる。もう少し寝ていたい私はそれを無視した。しかしノックをした本人は部屋に入って来たらしくドアが開かれる音がした。不法侵入だと訴えるべきか、いやこの場合は居留守をした私が悪いのか。どうするか迷っている私の耳に聞こえたのは驚くべき声だった。
「僕の理想の花嫁は何処にいるのだろう…」
これはまさか噂に聞いた例の王子かもしれない。僕の理想の花嫁は何処にいるのだろう、と歌いながら自分の花嫁を探している王子の噂だ。これはまずい。身分の高い方がいらっしゃったというのに無視をした、と知られては罰がくだる。ここは寝たふりが一番だと思い狸寝入りをした。
「おや、こんなところに少女が。…嗚呼、なんて美しい屍体なのだろう…」
いや死んでません生きてます狸寝入りです…!!と言いたいのだがそれは無理な話で、声はだんだんと近付いて来る。
「僕の運命の人はこんなところにいたのだね」
運命の人?何を言っているのだろう。…わけも分からぬままふいに耳元で声が聞こえた。
「やっと見つけたよ…僕のお姫様」
それと同時に唇に柔らかい感触。もしかして…キ、キス!?どうやら私はファーストキスを奪われてしまったようだ、顔も名前も知らない何処かの国の王子に。そのままキスはもっと深くなってゆく。王子の睫毛が私の頬にあたりくすぐったいし息も苦しい。ついに耐え切れなくなった私は目を開けて顔を背けた。
「……あれ?」
一瞬フリーズした王子は首を傾げて声をあげた。
「もしかして、君は生きている?」
「はい」
返事を聞いた王子はとても驚いたようで言葉が出ないらしく、口を開けたり閉めたりしている。
…それにしてもこの人は何て整った顔立ちをしているのだろう。お伽話の中から出て来たみたいだ。輝く金色の髪にふさふさの長い睫毛を持つ透き通った瞳。背は高く、しなやかな動作は高貴さを漂わせている。そんな人が私の目の前にいたものだから私までも動きを止めて王子をじっと見つめてしまった。
「君は息をしているのに、どうしてこんなにも美しいのだろう。…急ぎ流れゆく時の中で、君のまわりだけはゆっくりとした時が流れているようだ。屍体というのは生きるのを止めているから時が完全に止まっているけれど、君は、違うね」
にこりと笑う王子の顔立ちはとても美しいけどいまいち状況が掴めない。
「さあ行こう、婚礼の準備は出来ているよ?」
「こんれい…?」
「ああ、勿論僕達の結婚式さ!!」
「えええええ!?」
ちょっと待て。どうしてこうなった何ということだ。小さい脳みそをフル活動してみてもどこから婚礼の話になったかがさっぱり分からない。私が王子に見とれているうちに彼が何か話をしたのかもしれない。が、全くもって聞いてなかった。
「早くこの馬に乗りたまえ。この家のものは後で家来にでも取りに行かせるし、ドレスは用意してある。問題ない」
「いや問題ありますよ私に考える時間を下さい!」
「いいやそれは無理だね。だって僕はやっと運命の相手を見つけたのだから」
ベッドにいた私の体が王子によって軽々と持ち上げられた。所謂お姫様抱っこというやつ。王子の美しい顔がぐんと近くなってとても恥ずかしい。顔が熱くなって緊張して何も言えなくなってしまった私を王子は馬に乗せ、そしてあっという間に城に着いてしまった。



…それからのことは慌ただしくてよく覚えていない。けれど私はいま王子のお嫁さんになっている。
「夢子、今日は隣の国の王子と親交を深めるため出掛けてくるよ。僕がいなくて寂しいかもしれないけど、すぐ帰ってくるから待っててね」
「はい、分かりました!」
「もう…敬語はなしだって言ったでしょ?」
「ごめんなさい。今度からは気をつけるわ」
「じゃあお仕置きとして、今夜は覚悟しておいてね」
「そんなあ…。王子のばか!!」
「ふふ、いってくるね」
「うん。気をつけて!」
そして王子は私にキスをして隣の国へと馬を進めた。

初めて出会った時はとても驚いたけれど、…結婚して良かったな。


(とろけるような恋を知った)




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