何週間か前から隣の席の女子が異常な程俺に着いてくる。朝は家の前にいて必然的に一緒に学校へ行くことになり、弁当を食べるときは当然とでも言うように自分の机を俺の机とくっつけて食べ始める。帰りは部活のあるなしに関係なく靴箱で待っている。しかし、かと言って特別に何か喋るわけでもなくただそこにいるだけなのだが。
隣の席の女子の名前は夢野夢子。夢野は父親が大企業の社長というだけあって豪邸に住んでいる。流れるような長い髪に切れ長の瞳を持ち声は同級生の女子に比べて高め。まさにお嬢様そのものだ。雰囲気には人を寄せ付けない何かがあり友達は少ない。というか、いない。しかしだからと言って夢野はいじめられているわけでも無視されているわけでもなく普通に学校生活を送っている。…はずだったのだが、ここまで俺に着いてくるのは普通じゃないと思う。無口な彼女には何を聞いても返事は返ってこない。クラスメイトに相談してみても「あの夢野が恋愛なんて有り得ないだろうから、…うーん、何なんだろうな」だなんて笑いながら応えるだけ。ちなみに幼なじみに相談すると「そいつはお前と一緒にサッカーがしたいんだよ!」と返された。まさかお前じゃあるまいし清楚なお嬢様がサッカーなんてするわけがないだろう。
まあそんなこんなで今日も円堂と夢野と3人で帰路に着く俺達だったが、突然夢野が立ち止まって声を発した。
「あ、」
「…どうしたんだ?」
「明日は大安吉日じゃないかしら」
「大安吉日?何だそれ」
大安吉日さえ知らない円堂に俺が説明しているうちにいつの間にか夢野は早歩きで帰ってしまった。
「あれ、おい、夢野ーっ!!!……どうしたんだろうな」
「ああ、」
その後は円堂と二人で帰ったのだが、いつも夢野がいて当たり前だった右側に誰もいないことが、なぜか寂しく感じられた。

次の日もいつもと同じに夢野は家の前に迎えにきたり弁当を食べに机をくっつけたりしていたが、一つだけ違うことは長い髪をポニーテールにしていたことだった。時たま見える白いうなじがなんだか色っぽい。いつもと違う夢野にどきまぎしながらも目新しいことは何も起こらず一日の終わりを迎え帰ろうとしたその時、夢野が言った。
「風丸くん、貴方に話があるの。ちょっと着いてきてくれないかしら」

屋上庭園へ続く階段を上っていくのだから当然屋上庭園へ行くのかと思いきや夢野は階段の踊り場で立ち止まってくるりと振り向いた。
「私は貴方のことが好きです」
「…え?」
予想をしていなかった突然の告白に俺は戸惑った。けれど夢野の瞳は真剣に俺のことを見ている。
「私は貴方のことが好きです。初めて見たときはなんて女々しい男なのだろうと思っていたのだけれど、私の勘違いだったみたい。貴方の性格は外見に比べて随分と男らしい」
「ど、どうも…?」
「けれどこの気持ちをどうすればいいのかとても迷ったわ。伝えるか伝えまいか、無視してしまえばいいのか大事にするべきか。そして私は伝えることに決めた。このまま胸の奥で気持ちが悪いもやもやが続くのは嫌だもの。だけどどうやって伝えたらいいかが分からないから暫く一緒に行動してみたのだけれど…、でも、貴方は一向に気付かないのね。だからこうして私が学校の中で二番目に好きな場所に連れてきたのよ。…一番目に好きな場所は、そうね、私の恋が実ったら連れていってあげましょう」
「…そうだったのか、気付かなくてごめんな。でも伝えてくれてありがとう」
本当に唐突な話だったし言葉数が少ない夢野がこんなにも多く喋るのは初めてだったから驚いた。でも、今までの不思議な行動が世間一般の恋愛感情の表現方法を知らない夢野の必死のサインだった、ということになると納得がいく。
「そこまで俺のためにしてくれて…ありがとうな」
「当たり前よ。だって私は貴方のことが好きなんですもの」
改めて言われると顔が熱くなってくるけど、真っ直ぐな気持ちには真っ直ぐに応えるってのが俺の信条だから。
「俺は夢野の、真っ直ぐで一生懸命なところ、好きだよ」
「か、風丸…くん…」
夢野の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。いつも平静を装っている夢野らしからぬ可愛らしい反応だ。恋をするわけがないといわれているお嬢様でも、女子なのだから恋をすることがある。その対象が俺だった。「…なあ夢野、お前の一番好きな場所ってどこだ?」
「お、屋上庭園よ。…って、ちょっと、何をするの!?」
未だに顔が赤い夢野の手を掴んで強引に階段を上る。
「恋が実ったら一番好きな場所に行くんだろ?」
「それはそうなのだけれど、それじゃあ風丸くん、私は…」
「ああ、両想いってことだな」
これ以上ないってくらい顔を赤くした夢野と心臓の音がばくばくうるさい俺。そんな俺達を屋上庭園は優しい緑色で包み込んでくれた。



静謐に抱かれるように



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