噂によると奴畏組は現在勢力を高めているらしい。私も妖怪なのだから奴畏組に憧れるのは当然のことで、強くなって組に入れてもらえるために修業を始めた。都合良くこの町には大きな山がそびえ立っている。見た目は怖そうだけれど修業にはぴったりだ。懐から刀を取り出して構え、木を相手に実戦のイメージトレーニングをする。敵が本当にいるかのように練習をするのがポイントだと妖怪仲間に言われたことを思い出し何時間か刀を振りつづけた。
日が沈み空が暗くなった頃、私の体力はもう限界を越えていた。息が荒くなって刀を振り上げることすら出来ない。地面に座り込んで握り飯を食べ、近くにあった池の水で喉を潤した。
「はあ…そろそろ家に帰ろうかな」
立ち上がってくるりと後ろを振り返るといきなり目と鼻の先に大きな何かが突き刺さった。
「ひっ…!!」
その物体をよく見ると大きな大きな何かの爪だった。まさかと思い神経を研ぎ澄ませると何者かの妖気が感じ取れる。慌てて懐に手を伸ばすとそこにあるはずの刀がどこにも無い。そんな私の様子を見てか、誰かの声が聞こえた。多分それはこの大きな爪の主。
「ばっかじゃねーの?今になって刀が無いことに気付くとか…。お前それでも妖怪かよ」
それが言い終わらぬうちに私の左右と後ろにも大きな爪が突き刺さった。その迫力に恐怖を感じて足がすくむ。刀を使わないで戦う練習もしたというのに手足が動かない。
「やだ……、いや……私、また…何もできな………」
私の意識はそこで途絶えた。



何か大きくて黒い影が私と彼女を襲ってくる。逃げても逃げても追いかけてくる黒い影。多分私なんかよりうんと強い妖怪。彼女を守らなくてはいけない。でも私はなぜか彼女に手を引かれて走っている。私はそんなに頼りない妖怪なのかと思うと情けなくなってくる。そのとき前にいた彼女が転んでしまった。続いて私も転んでしまう。私は慌てて起き上がり彼女に声を掛けた。しかし捻挫をしてしまい立てないらしい。私が彼女を抱き抱えようとすると彼女は叫んだ。「逃げて!逃げて逃げて逃げて逃げて!貴女は早く逃げて!早く逃げなさい!!これは命令なの!!!!」そうは言われても私に彼女を見捨てることなんてできない。その場を立ち去らない私を見て彼女は囁く。「私は死んだって平気よ。生まれ変わったらきっと貴女に会いに行くわ」彼女はその状況にはとても不釣り合いな綺麗な笑顔を見せた。そんな彼女を見た私は遂に覚悟を決め「おい、お前、お、起きろよ!」
「っ……!!」
…またあの時の夢だった。しかも今回はいつもより現実味をおびていたためか着物が汗びっしょりだ。
「夢でうなされていたようだったが大丈夫か?」
「はい…、普段からなので」
そこでやっと周りの様子に気付く。私はどこかの屋敷の一室に寝かされているらしい。目の前にいる二人の男の人はどちらも前髪で片目を隠していた。親子のように歳が離れてみえるがあまり似ていない。
「すみません、私、いつの間にか山で気絶してしまったみたいで…」
「いや、元はといえば牛頭丸がお前を驚かしたからだ。お前が謝る必要はない」
「悪い。まさかあそこまで怖が…」
「余計な事は言わなくてよい」
「申し訳ございません牛鬼様」
先程の大きな爪がフラッシュバックする。話の流れだとあの爪は牛頭丸という若い方のもの…ということは二人とも妖怪なのか。
「お前の名は?」
「私は夢子と言います。妖怪ですがどこの組にも属していません。…お二人も妖怪なんですか?」
「ああ、この捩目山は私の組の本拠地があるのだ」
「牛鬼組って名前は聞いたことあるだろ?」
「あ、あの牛鬼組!?ごめんなさい、本拠地だとは知らなくて。すぐに出ます。お世話になりました!」
しかし私は急いで布団を退けた手を掴まれた。
「待て、牛頭丸から話があるらしい。私は部屋を出るから二人でゆっくり話すといい」
残された牛頭丸は唐突に言った。
「牛鬼組に入れ」
「え?」
「牛鬼組に入れ」
「え?」
「牛鬼組に入れ」
「え?」
「何回も言わせんな馬鹿女!!」
「馬鹿女とは失礼な!」
私とは初対面なのにいきなり牛鬼組に入れとはどんな風の吹きまわしなのだ。何度も聞き返してしまったのも無理はないと思う。大体この牛頭丸という妖怪、口も態度も悪いのに本当に牛鬼組なのだろうか。唯一褒めるとすれば二枚目だというところだけだ。
「だから俺は…」
牛頭丸はあちこちを見ていた目線をまっすぐ私に合わせて口を開いた。
「大して上手いわけじゃねえくせにずっと鍛練してた夢子に興味がわいた。こんな奴が同じ組にいたら楽しいかもな…って思ったんだ」
彼は話し終えるとそっぽを向いて一息ついた。意外な理由で少なからず驚く。
「分かりました、暫く考えてみます」
「何だよ、すぐに頷けばいいじゃねーか」
「だけど…」
私の修業の目的は奴畏組に入ることだ。しかし牛鬼組は奴畏組の傘下なのだし折角なのだから入ってしまおうか…。
「ところで夢子、さっき随分うなされてたみてーだけどどうしたんだ?話してみろよ」
「私は…数十年前に実際に体験した惨劇を毎晩夢で見るのです。まあ毎晩とはいっても精々二十年くらい前からだからそれ程長い間ではないのだけれど」
それから私は夢のことを全て話すことにした。牛頭丸は時たま口を挟みながらも真剣に話を聞いてくれている。
「――そして私は彼女をおいてその場から逃げました。命は助かりましたがその時のショックで技が使えなくなってしまいました」
「そうだったのか…。ちなみに共に逃げた彼女ってのは?」
「私の大切な友人であり主人であった、人間です。彼女は生まれつき病弱だったから私が護衛を頼まれていました」
「人間の護衛を!?」
「はい。私の住んでいた村では人間と妖怪が共存していたので。それに彼女は幼い頃から予知能力があるとされ村にとって特別な存在でした。しかし…」

――私は彼女を守ることができなかった。

「私が守らなくてはいけないのに気付けば彼女に手を引かれて走っていました。彼女があんなに冷静だったのは多分こうなることを分かっていたからだと思います。分かっていたのなら何故言わなかったのか、それは誰にも分かりません。何をしたとしても自分が死ぬ、という未来が見えていたのでしょうか」
開け放された障子から見える庭には美しい梅の花が咲いていた。きっと何百年も前からここに根を張っている大木なのだろう。少しの間だけ、時間がゆっくりと流れたような気がする。
「長々と失礼いたしました。今話した通り私は未熟者で勇気もない落ちこぼれ。そんな私でも牛鬼組に入って良いのですか?」
目を伏せて牛頭丸の返答を待つ。すると突然頭に衝撃がきた。
「いたっ…!」
不思議に思って牛頭丸を見ると、彼はしてやったりという表情で笑っていた。つまり私はこの男に殴られたらしい。
「夢子ってホントに馬鹿だよなー」
「あ、貴方には女性に対するデリカシーってものが無いの!?」
「でりかしい?そんなもん知らねぇよ」
牛頭丸は腕を組むと自信満々な笑みを浮かべて喋りだした。
「俺が知ってんのは、未熟者な自分を変えようと一生懸命努力しようとしてる夢子だ。自分には勇気がないって言うけど、この捩目山に足を踏み入れること自体かなり勇気がいる行動だと思うぜ」
牛頭丸の言葉を聞いているうちに自分に自信がわいてくる気がする。あの事件以来私が失っていたものは自信だったのかもしれない。
「それに、前の主人を守れなくて悔しいなら今度は俺を守ってみろよ。だから、もう一度言う。牛鬼組に入れ」
男らしくて頼もしい言葉に心を動かされた。私はこの人になら着いてゆける気がする。
「―――はい!!」
私が勢い良く返事をすると、牛頭丸は今までで一番嬉しそうな笑顔を見せた。






牛鬼組に入り数週間が経った。新しい生活にも慣れて毎日が充実している。そんなある日の夜のことだった。
夜中に書物を読んでいた私は不審な物音を聞いた。ガサガサと何者かが動いているような物音だ。木々が揺れる音かと耳を澄ませるもやはり違う気がする。その物音は牛頭丸の部屋
の方から聞こえてくる。襖を空けて牛頭丸の部屋を見回すが誰もいない。しかし念のため暫く部屋を見張ることにした。馬頭丸は牛頭丸と共に戦い戦力になる妖怪だが、私は牛頭丸を守る護衛のための妖怪なのだ。
ふと障子に大きな影が映った。
「危ない!!」
咄嗟に手を伸ばすと障子が大きな影と共に外へ吹き飛んだ。驚いて縁側に飛び出ると何者かが障子の下敷きになって呻いていた。先程の衝撃で動けないらしい。それを見て安心した私だったがあることに気付いた。
「私…もしかしてまた技が使えるように……?」
ついつい嬉しくて右手を左手でぎゅうぎゅう握りしめる。ひとりでに笑みがこぼれた。夜中なので大声を出すことは出来ないが昼間なら思い切り叫んでいただろう。
さっきの何者かがむくりと起きあがった。暗くて相手の位置や姿はよく確認出来ない。だが今の私は大丈夫だ。
「ゆけ!壁よ出てこいっ!」
私にしか見えない壁が相手の前に立ちはだかる。前に進めなくて困っているらしい相手は数秒後にポンと間抜けな音を立てて消えた。その呆気なさに気が抜けてその場に座り込む私だったが、再び技が使えるようになったことで幸せで一杯だった。
その時突然着物の端を強い力で引っ張られた。
「えっ…!?」
新しい敵かと右手を構えようとしたがその必要は無かった。
「ご苦労様、だな」
「牛頭丸!」
私を引っ張ったのは牛頭丸だったのだ。取り敢えずは安心…のはずだったのだが新しい問題が発生した。
「なんだか、近くない?」
そう、今私は牛頭丸に引っ張られて二人で布団の中にいる。何故か抱きしめられて密着している状態だ。
「そうかー?」
しかし牛頭丸は素知らぬ顔で答える。いや、にやけている。もしかして、もしかしなくても確信犯なのだろうか。
「は、離して…あっ…!!」
首筋をペろりと舐められた。こういうことに慣れていない私はどうしたら良いか分からなくて固まってしまう。
「こうなることが全部計算されていたって知ったら夢子は怒るか?」
「…さっきのは牛頭丸が仕組んでたってこと?」
「ああ」
「私本気にしちゃったじゃない!!」
「でもまた技使えるようになっただろ」
「……うん」
私の技がまた使えるようになるための計画だったのか、布団に連れ込む計画だったのかは分からないけど、牛頭丸には感謝だ。
「ありがとう、牛頭丸」
「ば、ばかなこと言ってんじゃねえよ!!」
「ふふ、顔赤いってば」
ちょっと口が悪くて無愛想だけど、実は優しい牛頭丸が私は大好きだ。
それが恋愛感情なのかは…まだ不明だけど。






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